故郷の話はしなかった?
そうか。ミハイルには言えなかったんだ。自分の生い立ちを。
似たもの同士の俺たちだけこっそり分かり合えた。


数日後、不思議なことが起きた。
ジャックが、屋根から落ちて死んだのだ。
どうしてそんなところに登ったのか。自殺なのか?それとも突き落とされたのか。
夜の間の出来事で目撃者とてなく、真相は闇の中だった。
俺だけが、ホッと胸をなでおろした。
これでもう、あの男に襲われずに済む・・・。
事故でも事件でもどうでも良かった。

「ねえ、聞いた?あの噂」
食堂でミハイルが話しかけてきた。
「噂?知らない」
「新しい見張りが来てから頻繁に食料がなくなるって。きっと、泥棒がいるんだ」
俺はジャックの太った赤ら顔を思い浮かべた。
「ジャックだろ?いかにもやりそうじゃないか」
「ところが、奴が死んでからも盗難は続いているんだ。鍵を変えなきゃだめだな」
食料の盗難、か・・・。
俺はスプーンでボルシチを掬いながら、考えていた。
新しい見張りが来てから・・・ニコライがジャックをフォークで刺して・・・ニコライが消えて・・・ジャックが死に・・・食料の盗難・・・。
まさか。
俺はスプーンを取り落とした。
「どうした?」
ミハイルが怪訝そうに顔を覗き込んでくる。
「なんでもない」
俺は立ち上がると、走り出した。

屋根裏には誰も行かない秘密の場所がある。
俺とニコライはよくそこで、くだらない話をして時間を潰したりした。
あそこなら、人一人隠れることぐらい出来る。
俺は階段を這い上がり、屋根裏に顔を出した。
「ニコライ!いるんだろ!?」

「そろそろ見つかると思ってたよ」
ニコライが返事をした。短く刈り込んだ髪と髭がまばらに伸び、少し疲れた顔で、微笑した。





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