ニコライが姿を消して一週間後。
洗面所で歯を磨いていると、背後に太った男、名前はジャック、が立つのが鏡に映りこんだ。

「よお・・・王子様はいなくなったそうじゃねえか?さては、ふられたか」

明らかによそ者とわかる訛りのあるロシア語で、ジャックはそういいながら、ぽきぽきと指を鳴らした。
「関係ないね」
そういって、口をゆすいで、水を吐き捨てる。
「歯磨きは終わりか?じゃあ、清潔になった身体で、俺の相手をしてもらおうか」
ジャックは後ろから俺を羽交い絞めにした。
「なにをするっ!」
思い切り肘鉄を食らわして、逃れようとしたその時、
「敵は一人とは限らないよ、お姫様」
例の痩せた男・・・モンゴル系で、名前はサク、が、薄ら笑いを浮かべたまま俺を見つめていた。

「よくもやってくれたな」
激昂したジャックは、サクが捕まえた俺を、容赦なく殴りつけた。
歯が折れたと思った。
口の中を血の味がした。
「可愛いと思って優しくしてやっているのに、分からない奴だ」
ジャックは俺の襟首を掴み、天井につるし上げた。
息が詰まって、苦しい。俺は脚をばたばたさせた。
窒息する・・・。
「ジャック、あんまりやると、死んじゃうぜえ〜」
サクが、そういって、それから痒そうに体中をかきむしった。ドラックでもやっているのだろう。禁断症状だ。
「死ぬ?そうだな・・・死体と交わる趣味はねえしな・・・」

ドサッ。床にたたきつけられて、俺は呻いた。
ゆっくりと、ジャックがのしかかってきた。
「怖がることはねえ。ちょっと、目をつぶってりゃいいのよ」

ニコライ。
あんたは、今まで俺を守ってくれていたんだな・・・そんなことも知らずに、俺は。
俺は助けを呼ぶために、絶叫した。
「ニコライ!!」

返事はなかった。口を塞がれ、締め上げられて、ジャックの巨体に押しつぶされそうになりながら、俺は心の中でニコライの名を叫び続けた。



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