「ミーシャ。ひどくやられたな」

同僚の兵士、ニコライが頬の弾傷に絆創膏を貼りながら言った。

「別に・・・銃で脅されただけだ。後の傷は、上官に痛めつけられて・・・」

「わかってる」

ニコライは無表情のまま傷の手当てをしてくれた。
同僚といってもニコライは17歳。もう大人だ。
俺は13になるところだったが、歳の差はあっても、軍隊で唯一心を許せる友達だった。
「ロシア語を話したってぇ?スパイだったのかよ?」
「わからない。上官はそういっていた。収容所を脱獄した手口は、プロのものだと」
「へーえ、あれがスパイねえ?単なるお人よしのマヌケ野郎に見えたけどな」
口の悪いニコライは小田切をそう評した。

オダギリ・・・その名前も偽名かもしれない。捕虜になることを最大の不名誉と考える日本人は、本名を名乗りたがらないらしい。
生きて捕虜になるくらいなら、潔く死ね。
日本ではそう習うそうだ。野蛮だ・・・。
だが、野蛮なことではここロシアもそう変わらない。

「まあでも結果的には良かったな。見張りを増やしてもらえて」
ニコライが言った。
「この怪我をみてもそういえるのか?」
恨めしげに言うと、
「それはそうだが、捕虜を逃がすなんて、クビにされてもおかしくないんだ。そうなったらおまんまの食い上げだろう?たとえコーンビーフしかなくてもな」
器用に残りの包帯をくるくると巻き取ると、それを薬箱にしまう。
「ま、名誉の負傷ってとこだぜ。不名誉の負傷、かな」
冗談を言って、ニコライは明るく笑った。

「なんだ?」
「あんたは明るいな、ニコライ。どうしてそんな風に笑えるんだ」
「俺には夢があるからな」
「夢?」
「秘密だよ。誰にも言うなよ、言えばきっと笑われる」
「なんだよ」

「俺の夢は、この国の大統領になることなのさ」
大真面目な顔で、ニコライはそう嘯いた。



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