「最近、沈んでますね。波多野先輩」

去年新設されたD課に配属されてきた新人、三好は、コーヒーを入れると俺に手渡した。
「まあな」
昨夜のことを考えると、少しへこむ。
実井は特に不機嫌でもなかったけど、何事もなかったようにみのるを送り出すと、大学に出かけた。
大学でなにをしているのか・・・。

「ちょっと、出てくる」
「ちょ、波多野先輩。どこ行くんですか?」
非難がましい三好の声が響いた。
俺はD課を飛び出して、地下鉄に乗った。

実井の大学にははじめてきた。
古い由緒正しい大学は、緑が多くて、若いはつらつとした学生たちが歩いている。
背広姿の俺は多少浮いていたが、特に気に留める者もいない。
昼時間なので、たぶん学食だろうと、食堂に来た。
いた。
誰かと話をしている。
背の高い、眼鏡をかけた青年が、しきりに実井に話しかけている。
側によって、耳を澄ませてみた。
「だから、小田切が来てくれたら、女の子も喜ぶって」
「僕はそういうのは苦手だから」
「冷たいこというなよ。たかがカラオケじゃん」
「カラオケは嫌いなんですよ」
「じゃあ、別にカラオケじゃなくてもいいからさ」
なんだ?ナンパか?
俺はじりじりしながら会話を聞いていた。
「前にも言ったと思うんですけど、午後はだめなんですよ。甥っ子の世話があるもんで」
「甥っ子?ああ、親戚の子を預かったとか言ってたっけな」
青年は少しひるんだようだった。
「そうなんですよ。まだ手がかかるから、当分無理です」
「あ、小田切」
なに?
青年が実井の手首を掴んだ。
「次の講義、一緒だろ?後から行くから」
「わかりました」

なんだあいつ・・・。随分馴れ馴れしいな。それに・・・。
実井も満更でもなさそうだ・・・。
俺は今しがた見た光景にショックを受けて、実井の姿が見えなくなっても、その場に立ち尽くしていた。




















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