「28だって聞いたけど、本当はいくつなんだい?」

「28だよ。どうして?」
言って、マキは胸元からマッチ箱を取り出すと、煙草に火をつけた。
紫色の煙が立ち昇る。

「いや・・・日本人は若く見えるな。特に君は二十歳くらいに見える」
「二十歳はないよ。失礼だな君」
マキの口元は笑っていたが、目は笑っていない。
童顔にコンプレクスでもあるのか。
年齢のことは、あまり触れて欲しくない話題みたいだ。

「君は?ハンス」
「26になったばかりだ」
「へえ、年下とは思わなかったな」

言いながら灰皿に煙草を押し付けて、煙草を消した。
ポケットから小銭を出して、テーブルの上に代金を置くと、マキは立ち上がった。
「それじゃお先に」
「おい」
慌てて立ち上がり、後を追おうとしたが、確かに尻ポケットに入れたはずの財布がない。俺はポケットというポケットをまさぐったが、財布は陰も形もなかった。
マキは振り返らずにカフェを出て行った。


夜。
やっとの思いで警察を逃れて、ローゼン通りのアパートに戻った俺は、そのままマキの部屋を激しくノックした。
「俺の財布を返してもらおうか」
「財布?なんのこと」
「とぼけるな」
「何の証拠もなく、人を泥棒扱いするのか?」

マキは上目遣いに俺を見た。黒目がちの瞳が鋭く光る。
「大方部屋に忘れでもしたんだろう」
「そんなはずはない!現に・・・」
急に自信がなくなり、俺はあとずさった。
「探してみなよ。きっとあるから」
ドアが閉まった。俺は取り残された。

一階上の自分の部屋に戻ると、ハンガーに掛けられた上着の中に財布は残されていた。俺は狐につままれたような気がした。中身を抜かれた形跡もない。
なぜ、俺はマキが財布を摺ったと思い込んだのだろう・・・?
だが、財布を開いた時、一瞬煙草の匂いがした。マキの吸っていたのと同じ、外国製の煙草の匂い・・・。

だが、それも気のせいかもしれない。
だいたい、マキは金に困っているようには見えない。
俺の財布を盗んだとしても、たちの悪いジョークくらいなものだろうが・・・。

「また君か」
マキの部屋をノックすると、すんなりとドアは開いた。
「さっきは悪かった。気が動転して・・・。どうか許してくれ」

「明日の旅行の準備をしてたんだ」
部屋を振り返って、マキは肩をすくめて見せた。
部屋の隅には旅行用の茶色い皮のトランクが置かれていた。
「荷物が少ないな。すぐ戻るのか?」
「いや、しばらくベルリンを離れるよ」

俺はマキを抱き寄せた。腕の中に彼の鼓動を感じていた。
やがて電気が消えた。時間も何もかもわからなくなった。












































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