雪が降っているせいか、カフェの客は少ない。
いつもはオープンになっている入り口のドアも、今日は閉じられている。

「どうして」
俺は尋ねた。
「さっき。オレンジをくれたんだい?」
マキはキョトンとした。年の割りに子供っぽい表情になる。
「君がオレンジを手にしたまま立ち尽くしていたから。たぶん」
小首をかしげる。
「御腹が空いているんだろうと思って」
それが理由か。
俺は無言でペリエを飲んだ。

「美術には詳しいの?」
マキが尋ねた。
「俺は画家なんだ・・・」
「へえ、奇遇だね。どんな絵を描くの?」
「部屋に来たら見せるよ」
「君の部屋?」
マキはちらりと視線を落とした。
「有名な画家のリトグラフなんかもあるよ」


「これはひどいな」
マキは笑いながら言った。
「贋作だよ。レベルの低い」
俺は背中から、マキの華奢な体つきを見ていた。
「君の絵はどれ?」
「残念ながらまだ一枚も完成したことはないんだ」
「嘘つき」
マキは振り返って、
「君、絵なんて描いたことないんだろ?爪を見ればわかる」
「ばれたか」
「美術に興味があるなんて嘘だろう?」
「俺が興味があるのは、美術じゃなくてマキ、君だ」

キス。抵抗はなかった。
「悪いけど」
マキは言った。
「そっちの趣味はないよ。僕はストレートだ」
「嘘つきは君のほうだ」
俺は言った。
「誘ったのはそっちのくせに」
壁際に追い詰めて、手首を掴む。
「よせ」
マキが俺の手を払った拍子に、サイドテーブルの上のオレンジが床に転がり落ちた。
「サイコキネキスか?」
「馬鹿。振動だよ。ただの」
マキは自分の手首をさすりながら、
「もういいだろう?僕は帰るよ」
「待てよ」
俺は焦って彼の腕を掴んだ。と、

俺は自分の体が宙を舞うのを感じた。
次の瞬間には床に叩きつけられて、俺は意識を失った。





































inserted by FC2 system