「今回、僕はいいところなしですね」
真木克彦はぼやいた。

ホテルの部屋。ベッドの上に白い裸のテディ・ベアが置いてある。
「結局マイクロフィルムの行方は分からずじまいだし。折角中佐が回収してくれたクマからも、フィルムらしきものはなにも出てきませんでしたしね」

「貴様は勘違いをしていたのだ。機密はマイクロフィルムじゃない。あの男の頭の中にあったのだ」
「頭の中?」
「このクマはただドイツ語の挨拶をするだけじゃない、録音機能がついているのだ。奴は頭の中にあったパリのレジスタンス1000人の名前と住所のリストを、口頭で正確に記録・録音していたのだ」
「レジスタンス1000人のリストを暗記?そんなことができるんですか」
真木は驚いた。
そんなことができるのは、もはや特殊能力といえるだろう。

「建築家の中には概観を見ただけで中の構造がわかる者や、写真を取るように設計図を暗記することができる者がいると聞いたことがある。奴もその口なのだろう」

「気になっていたんですが」
真木は言った。
「このクマ、怒ったような顔をしていますよね?こんな顔をしていたかなァ」
真木はクマの御腹を押してみた。

機械音とともに、「アイシテイル」という音声が流れた。

「何か言ってますよ、このクマ」
真木はクマを抱えたまま結城中佐を振り返り、クマに向かって囁いた。
「僕も愛しているよ」

「証拠として日本に送るのだ。余計なものを吹き込むな」
結城中佐は憮然とした面持ちでそう嗜めた。


ミュンヘンの市立病院で、クラウスは目覚めた。
急所は外れていたものの、腹を撃たれていた。

「覚えていろ・・・君たちの愛は、トリスタンとイゾルデのように、死を持って幕を閉じるんだ・・・」
言いながら、右手で顔を覆い、クラウスは笑い出した。
「はは・・・これじゃあまるで、焼きもちを焼いているみたいだ。まさか、この僕が?」

クラウス、ことアルベルト・シュペーアは、この後、ヒトラーに引き立てられ、軍需大臣にまで上り詰めることになる。


愛している
真木克彦
君を愛している




















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