「城の中に洞窟があるなんて、不思議でしょう?」
クラウスの声が響いた。

「ここはミュンヘンの造形風景家ディリグルによって創られた人工の鍾乳洞ですよ。ワーグナーのオペラ、[タンホイザー]からヒントを得ています」

鍾乳洞はカラフルな光でライトアップされていて、幻想的な雰囲気を醸している。
あたりに人の気配はなく、クラウスの声だけが洞窟にこだました。
「当時としては画期的なアイデアだったんですよ」
素材は石膏と粗麻でできているようだ。真木は人工の壁を触ってみた。と、

「貴女の欲しい物は、もうありませんよ」
クラウスは突然言った。

「何のことかしら」
真木は体をねじる様にして、後ろを振り返った。

「君は確かに美しいが、女ではないね。僕はとっくに知っていたよ。だから嫌味のつもりでレーダーホーゼンを履いた男の子のクマを君の目の前で選んだのさ」
「・・・」
真木とクラウスは見詰め合った。

「最初から怪しいと思っていたんだ。君は5月なのにブーツを履いていたからね。足を見れば女かそうでないかは分かるものだから」
「ならどうして、おやすみのキスを?」

「骨格を確かめたかった。華奢だけど、確かに男の背中だった。味は悪くなかったよ、男にしてはね。堕ちていくような気さえした・・・」

貴様が思っているほど女には見えない、という結城中佐の言葉が当たっていたのだ。
真木は唇を噛んだ。
「どこの組織の者なんだ?MI6?CIA?本当のことを言えば命だけは助けてやる」

銃口が狙っている。
真木はガーターベルトに着けたナイフに手をやった。
が、ナイフを使えば相手を殺すことになる。
「死ぬな、殺すな」の掟が頭を掠めた。

銃声が鳴り響いた。

不思議なことに、倒れたのは相手のほうだった。
振り向くと、光の差す方角に、見覚えのあるシルエットが立っていた。






















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