「随分遅かったな」

ミュンヘンのレジデンツ通りにあるホテルの部屋に戻ると、結城中佐は不機嫌な様子で暖炉の前の安楽椅子に腰を下ろしていた。
5月なので暖炉に火の気はない。

「半日彼と一緒にいましたからね、おかげで色々と分かりました」
「例の物は手に入れたんだろうな」
「明日、一緒にノイシュヴァンシュタイン城に行く約束を取り付けました。そこで奪いますよ」
「明日だと」
真木は着ている白いドレスを捲り上げて、脱ぎ捨てた。

「あー苦しかった・・・女は大変だ」
「わざわざ危険を冒す必要はない。貴様が思うほど女には見えんぞ」
「あの男は彼女に夢中ですよ」
真木は肩をすくめた。そして金髪のカツラを丁寧に外して、頭を左右に振った。

「僕が女だったら、寝物語にでも機密のありかを聞くんだけどな」
「察するに、トランクはダミーだ。機密は恐らくマイクロフィルムだろう」
結城中佐は言った。

「今日は美術館をでてから、外交官の娘に贈るというテディ・ベアを物色しただけですよ。随分悩んで、結局吊りズボンをはいた白いクマを買いましたけどね。随分嬉しそうでした」
「それだけか」
「夜も人と会うような予定はなさそうでしたよ。食事に誘われたくらいですから。勿論断りましたけどね、人妻ですから」

「主人がいるのに、一緒にノイシュヴァンシュタイン城に行くのか」
「主人は城に興味がないと話しておきました。足が痛むので、長い距離は歩けないとも。信じたようでしたよ」
あっけらかんと真木は言った。

「キスをしたのか」
「キス?何のことです」
「口紅が剥げている」
「ああ、これは・・・カップにでもついたんでしょう。美術館の1階にあるカフェ・クレンツェで紅茶を飲んだから。凄いんですよ、50種類以上の紅茶が揃っているんです。バナナタルトが有名みたいですね。僕は食べませんでしたが、彼が注文して」
言いながら、真木は自分の唇に手をやり、

「今の、まるで嫉妬深い夫みたいですよ。結城中佐」
そう言って、ニヤリと笑った。

貴様は嘘を言う時は特に饒舌になる癖がある。
そう思ったが口には出さなかった。























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