この物語は架空です。


ドイツ。ミュンヘン。

イザール川の左岸、新市庁舎が建つマリエン広場を中心に、レストランや店が立ち並ぶ、ドイツ第3帝国建国の舞台である。

マリエン広場。
予定の時刻を過ぎても、真木克彦の姿は見えなかった。
広場には人が多く、人ごみにまぎれているのかもしれない。
そう思っていると、白いパラソルを差した、白いドレス姿の若い女性が、視界の隅に入った。
金髪の長い髪を垂らした、国籍不明の美少女。

手には目印の赤い薔薇を持っている。
間違いない、真木克彦だ。
よりによって女装してくるとは・・・。

「ドイツ兵に犯されたいのか、貴様」
側に駆け寄り、押し殺した声でそう言うと、真木は驚いた様子で、
「いけませんでしたか?このほうが目立たないと思って」
「目立たない、だと?」
結城中佐は呆れた。
美しいうら若い女性というのは、いつの時代でも、どこの国でも、人の耳目を集めるものだ。
「ドイツは戦争のせいで若い男が減っていますからね。残っているのは女子供ばかりだ。だから女のほうが目立たないんですよ」
そう言って、真木は薔薇を結城中佐の胸ポケットに差し入れて、彼の腕に腕を絡めた。
「ほら、こうしたら新婚旅行のカップルに見えるでしょう?」

「カップルというより、俺と貴様では金が絡んでると思われるだろうな」
結城中佐はぼやいた。
「そんなに似合いませんか?」
白いドレスを着て、茶色いブーツを履き、長手袋をして、その抜けるように白い肌に赤いルージュをひき、長い金髪のカツラをつけた真木克彦の女装は、完璧といえた。
だが。いかんせん美しすぎる・・・。
周囲の男たちの嫉妬の視線を感じ、結城中佐はやりきれない思いに囚われた。


その時、市庁舎の塔にある仕掛け時計が、音楽とともに動き出した。
1568年の侯爵ヴィルヘルムX世の結婚式を、人間とほぼ同じ大きさの32体の人形たちが再現するものだ。観光客は歓声をあげて、記者らしき男が写真を取ったりしている。

「12時ですね。そろそろ奴が現れる頃だ」
真木は結城中佐に腕を絡めたまま、囁いた。
「嫌に煙草臭い淑女だ。あまりくっつくな」
結城中佐は皮肉を言った。
「女なら奴も油断しますよ」
自信ありげに真木は答え、それから人ごみに目当ての人物を見つけたらしく、
「いた」
結城中佐の腕を振り解くと、群衆の中に駆けていった。

「あの馬鹿が」
余計な心配をさせる。
結城中佐は、真木の若さを厭わしく感じた。

























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