目が覚めると、真木はホテルのベッドの上に裸でいる自分を発見した。
驚いて起き上がろうとすると、頭が割れるように痛む。
ひどい二日酔いのようだ。


自分はどうなったのだろう。この状況では・・・。
真木は吐息した。
消して状況は芳しくない。想像したくないが・・・。
白い額に手を置いて、真木は夕べのことを思い出そうとした。

サイドテーブルには灰皿と、吸殻が二本あった。
そして協力者のひとりから貰ったフランス土産のワインのボトルが一本、空になって転がっている。
そして何より、全裸でベッドに寝ていた自分。
どの点から見ても、自分がひとりでこの部屋に戻ってきたとは考えにくい。
だが、一体誰と?

「何も覚えていないなんて、そんな筈はないだろう・・・しっかりしろよ・・・真木克彦」
自分を叱咤激励して、真木は頭を抱えた。


真木は、浮かない顔でホテルのラウンジに行き、珈琲を頼んだ。
朝はいつも何も食べない。腹に何かいれると、頭の働きが鈍くなるからだ。
珈琲が運ばれてきた。
真木は珈琲を口に含みながら、夕べの状況をもう一度整理してみた。

夕べ旧市街のパブで結城中佐とワインを3本飲んで、キスされたところまでは覚えている。そこまでの記憶はあるのだが、それ以降の記憶が消しゴムで消したようにさっぱりない。不快だった。
だが、あの結城中佐と自分がなんかあったとは考えられないではないか?

いくら尊敬しているとはいえ、結城中佐は足の不自由な老人である。上司と部下の関係。ただそれだけだ。しかも男だ。真木には男と寝る趣味はなかった。

「よく眠れたようだな」
いきなり背後から声がしたので、真木は飛び上がりそうになった。
「なぜここに」
「少し散歩でもするか」
結城中佐が立っていた。

ホテルの外に出ると、ドレスデンの旧市街は濃い霧に包まれていた。
「どこに行くのですか」
「ここからはフラウエン教会が近い」
結城中佐は後ろも振り返らずに杖を突きながらさっさと歩いてゆく。
真木は後を追うようにして、早足でついていった。

街灯と道路標示のある角を曲がると、真木は言った。
「ワインになにか入れたんですね」
「ワインに入れたわけではない。キスをした時に新薬を試した」
「新薬?」
「軍が新しく開発した麻薬だ。記憶が飛ぶ作用がある」
「・・・よくそんなことを平気で言えますね」
「貴様が聞くからだ」
「夕べ、僕は貴方と・・・なにかあったんですか?」
真木が思い切って尋ねると、結城中佐はニヤリとして、
「貴様の想像に任せる」
と答えた。

フラウエン教会からホテルに戻る途中、道路の端に子猫の死骸があった。
嫌なものを見た、真木がそう思っていると、朗々とした声が響いた。
「死はスパイにとって全ての終わりだ。それまでの血の滲むような努力が全て水泡に帰す」

「僕が死んでも、貴方は仕事を続けるだけでしょう。
そして僕の死骸は道端に捨てられる。あの子猫みたいに」
「感傷的だな」
結城中佐は立ち止まった。その表情は見えない。

「もし僕をうまく使えないときは」
真木は言った。
「僕が貴方を殺しますよ。それでいいですか?」




















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