(別バージョンのエンディング)


サヨナラも言わなかった。

俺は、イギリスへ向かう船の中で、真島のことを考えていた。

「愛している」

ジゴロの使い慣れた安物の言葉。
その言葉に囚われていた。


ゆうべ、これが最後と思い、真島に抱かれた。
「どうした?今日は変だな」
真島の不思議そうな声。
「随分積極的じゃないか」
「別に、いつもと変わらないよ」
俺は答えた。
だが、これが最後だ。そう思うと、自然、熱が入った。

真島の声、真島の熱、真島の安物の言葉・・・。
優しく差し出されたそれらの贈り物を、俺は全身に浴びながら眠った。
背後から抱かれ、耳に囁く愛の言葉。

相手はジゴロだ、本気にするなんてどうかしている。
そう思うのに。

「まるで今日が最後みたいだな」
ぽつりとつぶやいた真島の言葉が、的を得ていてどきりとした。
真っ暗闇の中、煙草の熱だけが赤く光っている。
真島の手が俺の髪を撫ぜた。

目を閉じると、そのときの優しい真島の手が、思い浮かぶ。

真島は流れ者だ。
潜入が何年になるか分からないが、戻った時、彼はあそこにいないだろう。
仮にいたとしても、ひとりではないはずだ。
そう思うのは苦しかった。
ただの遊び、ただのセックスのみのはずが、気づけばミイラ取りがミイラになっている。
人間とは不思議で、割り切れない生き物だ。

ドアがノックされた。
「お客様、ドリンクをお持ちしました」
「?頼んでないが」
ドアを開けると、白い制服姿の水兵が、手にグラスをふたつ持っていた。
「間違いじゃないか?」
断ろうとして、顔を見ると、俺は危うくあっと叫んだ。
「・・・・真島・・・」
「言ったろ。俺はプロだ、相手の気持ちくらい読める」
真島はつかつかと部屋の中に入り込み、テーブルにグラスを置くと、その手で俺を抱きしめた。

「どうして」
俺は呆然としたまま、抱きしめられていた。
「ただの言葉じゃ、信じないだろうと思ってね」
真島はそういって、俺の髪に顔を埋めた。
それに、と言葉を続けて、
「一度欧羅巴に行って見たいと常々思っていたところだ。なぁに、仕事はどこでもできる。あんたに迷惑はかけないよ」
「でも」
「俺がいるとなにかと便利だぜ?必要なんだろ、<協力者>が」

平然と嘯き、真島は俺にキスをした。











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