瀬尾になんとかマスクを外してもらい、俺はやっと人心地ついた。
生き返る。
だが、まだ問題は残っていた。田崎だ。
あんなに本気で怒っている田崎は、本当に初めて見た。
まあ、実際怒っても仕方のない場面ではあるが、それにしても・・・。
薬が効きすぎだ。
嫉妬は、軽い火傷くらいがちょうどいい。それ以上となると・・・。
当分、田崎は一緒には寝てくれないだろう・・・。
そう思うだけで、気持ちは萎えた。
まあ、全て自分が悪いのではあるが。
言い訳のようだが、波多野に部屋に連れ込まれて、あのヘッドホンを聞かされたとき、俺はうっかり、誘われたと勘違いしたのだ。
今思えば、単に同僚としか思っていないから、あんなことが無邪気に出来たのだろうが、俺としては、波多野がその気だとばかり思った。
おまけに、初めて気がついたが、波多野の声は、少年のように震えて、透明な声だ。
俺はその声にはっとさせられた。
波多野がチビで童顔なのは事実だが、その声がそんなにも綺麗だということに、感銘を受けた。
普段の粗野な言動のせいで、声にまで気が回らなかった。
その声に魅せられたのだ。
だが、そんな言い訳も、田崎には出来そうもない。
たとえ誘われたにしても、浮気は浮気だ。
田崎はプライドのお化けみたいな男だし、俺のことをけして許さないだろう。
あ、いかん。また気がめいってきた・・・。
さっき、食堂で見かけたが、田崎はひたすらカードを捌いていた。
声をかけることも出来ないほどだった。
考え事に没頭している証拠だ。
俺のことで思い悩んでいたのか、あるいは・・・。
「まさか、別れようとか思ってないだろうな・・・」
俺は急に不安になり、いらいらと親指の爪を噛んだ。
不安は募るが、今はそっとしておこう。下手をすると、逆効果だ。
思わぬところから、やぶ蛇になりかねない。
時間がたてば、田崎の怒りも少し収まるに違いない。