「三好!三好だろ!!おいっ!!」

いきなり駅のホームで腕を掴まれて、僕は振り向いた。
見知らぬ男だ。
髪は短く、少し茶色い。片方の耳にピアス。チャラ男っぽい感じがする。

「なんですか?僕は三好というものではありませんけど」
「話せば長いんだ!!時間あるか?喫茶店に入ろう」
男は強引に僕の腕を引くと、改札へと向かった。

「ちょ、ちょっと、僕は忙しいんですけど」
「見たところ学生だろ?講義なんかさぼっとけよ」
「滅茶苦茶言いますね」
地下街にあった「ベルリン」という喫茶店に、男は入った。

「なんの勧誘ですか?」
「そんなんじゃないんだ。君、名前は?」
「そちらが名乗るのが筋だと思いますけど」
「俺は神永って言うんだ。・・・本名は八代健。でも、神永でいいよ」
「神永・・・さん」
「話すと長いんだよな〜どこから話そうか?君はなんにも覚えていないみたいだし、まあ、ざっと歴史からおさらいするか。第2次世界大戦の前にね、D機関っていうのがあったんだ・・・」

神永は、ざっとD機関のあらましを説明した。結城中佐が始めたその機関は、神永、田崎、波多野、実井、小田切、福本、甘利、そして、三好という青年が集っていた。
戦前に活躍したというそのスパイ組織は、今はもうない。
「そこの、三好ってのが、君のことだよ」
「僕が・・・?」
なにをいってるんだろう。新手の詐欺かなんかか。
「他のメンバーはもう見つけたんだ。それぞれに仕事を持って、普通に生活してるけどね。波多野だけはまだ見つからないけど。僕は結城さんの下で働いているんだ。結城さんは、鉄の貿易会社を経営しているよ。そこの会長だ」
「あの、何の話だか・・・。僕はついていけないんですけど」
「すぐには信じろって言っても無理だろうな。でも、結城さんに会えば分かると思うよ」
「結城さん・・・?そのスパイ組織を作った人ですか」
「そうだ。結城さんは君に会いたがっている。ずっと探してたんだ」

荒唐無稽な話に思えるのに、どこか現実味があった。
神永は嘘の旨いタイプじゃなさそうだ。嘘なら、もっと現実的な話をするだろう。
それに、結城さん、と言う言葉を聞いた時、僕の心臓は何故か高鳴った。
その名前には聞き覚えがある。そんな気がしたのだ。

「いいでしょう。一緒に、いきます」
僕はそう答えていた。









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