次の日から僕の仕事が始まった。
家事室にあるメモを確認して買出し、寮の掃除、風呂焚き・・・仕事はあっという間に終わるから、空いた時間には近所の酒屋で手伝いもできた。

あまりに簡単な仕事なので、食材はできるだけ安くていいものをと探し回ったりした。
お陰で、ときどき用事を頼みに来る協会の人に褒めていただくことも多くなった。

「やぁ、今日も買い物を頼めるかな」
そう声をかけてきたのは福本さんだ。
「あ、おはようございます」
そういって頭を下げて挨拶をすると、福本さんの革靴が目に入る。いつも丁寧に磨かれていて、几帳面な性格がうかがえる。
「昨日の魚も新鮮でとても美味しかったが、君は本当に眼がいいね。一体どうやって見つけてくるんだい?」
福本さんは料理が得意なようで、時々こうして料理の話をする。

「あれは僕の眼がいいんじゃありません。隣町の魚屋がいつも選んでくれるんですよ。その魚屋ですが、ほんとうにどれも物が良くて評判なんです」
「わざわざ隣町まで買いに行っていたのか!どうりで美味しいわけだな。いつもありがとう」

ありがとう・・・そんなことを言ってもらえるなんて思わなかった!僕はつい俯いた。嬉しくて顔が赤らむのを見られたくなかったからだ。
僕は福本さんのピカピカな革靴を見つめながら、今日は少し遠くの市場まで行ってみようと思った。


「哲二くんー、なにしてるのかな?」

市場で買い物した帰り道、後ろから嫌に馴れ馴れしい声で呼ばれた。
僕はびくっとしたけど、努めて平静を装って振り返った。僕はもうこの人たちと関係ないんだから。
1、2、3人。あぁ、なんでこんなところにいるんだ。3人とも前のお屋敷で働いていた連中だ。どういうわけか、いつも難癖をつけては、僕の仕事の邪魔をしてきた。よってたかって、蹴られたり殴られたりしたこともある。仕事をなくすわけには行かないから、主人にばれないように必死だった。
目を合わせないように軽く会釈をする。すると一人が擦り寄ってきた。

「なぁ、随分小奇麗な格好じゃないか。今度の勤め口は羽振りが良さそうだなぁ?あ?」
そういいながら、僕の持っていた風呂敷の中をのぞく。
「やめてくれませんかっ!」
咄嗟に背に隠して睨みつけた。
「生意気になったもんだなぁ?お前はもう俺たちとは関係ないと思っているんじゃないか?甘いねぇ。なぁ?」
他の二人もにやにやしながら、見ている。凄く嫌な感じだ・・・

「待てよっ!」
「はぁっ!はぁっ!はぁっ!」
気づけば駆け出していた。

早く逃げなきゃ、お屋敷の中じゃないことが逆に恐ろしい。助けを呼んでも、主人が気づくこともない。振り返ると、嫌な笑い顔で、家畜を捕まえるように奴らが追ってくるのが見えた。
大通りを抜けて、路地を抜けようかと思ったとき、手に持っていた風呂敷から、肴の堤が抜け落ちた。
「あっ!」

福本さんの!
一瞬足をとめて振り返ると、服の裾をぐいっと引っ張られた。
「哲二君〜。つかまえた〜」
背筋に冷たいものが走った。以前よりひどいことが起こる気がする。
僕は必死に手を振り解こうとしたが、三人で抑えられてとても逃げられそうもなかった。気づけばそのまま路地の奥に連れ込まれていた。
「やめっ!」

腹に鈍くて重い痛みが襲った。そのあと背中や足にも容赦なく痛みが走る。
「哲二〜、こっち向けよ。生意気な顔を見せてみろよ」
にやにやしながら僕を殴り続ける彼らは、仮面を被ったみたいに気持ちの悪い薄ら笑いで見ている。
血の味で吐き気がする。何がおかしくて笑っているのかわからなくて、とにかく腹が立った。だから、何も考えられなかったけど、反射的に睨みつけた。・・・それが悪かった。

「反省しないやつだな・・・」
一人がそういうと、僕のシャツを破って覆いかぶさってきた。
「やめろっ!・・・んぅ!」
それしか言えない。
触るな、触るな、僕に触るなっ!
でも口を手で塞がれて声も出せなくなった。
なんでこんなことになったんだろう・・・・・!どうして僕ばっかり!
いつの間にか裸にされて、身体中を無遠慮に触る奴らに耐え切れなくて、心の中であのひとを読んだ。

「助けて!福本さん!」


































inserted by FC2 system