「そんなに心配することはない。お願いしたいことは簡単なものばかりなのでね」

応接室で穏やかに話すその人は、多分僕を安心させる為に、少し笑って見せてくれた。

「簡単、なのはありがたいのですが、本当に僕でいいのでしょうか?それに、このお給金をいただけるような仕事とは思えないのですが・・・」

本当なら、喉から手が出るほど欲しい。けど、仕事と給金が釣り合わないと思った。
まだ子供の自分に、大人と同じとはいわないが、身に余る・・・。

「君の前のお屋敷での評判を聞いているからね。それほど多いとは思わないよ。慣れてきたらもう少し仕事をお願いするつもりだ。それから、これは必ず守ってもらいたいのだが・・・」
会長というその人は、それから、いくつかの注意点を話した。

買い物、風呂焚き、掃除、それ以外命じられないことは一切手を出さないこと。
建物内の掃除は、午前10時から午後2時までに終わらせること。
個々の部屋へは入らないこと。
協会のことについて他者には決して話さないこと。

・・・・・・大東亜文化協会。名前からして、特になんということもないところなのに、やけに約束事が多い。
「あのぅ、なぜこんな・・・?」
思い切って聞いてみると、会長は少し困ったように笑って言った。

「そうだね、言いにくいんだが、ここに勤める連中は、本来なら軍に召集されてもおかしくない人材なんだよ。だが、誰一人として欠けてはここの仕事に支障がでるのでね、なるべく目立たないようにしたいというわけだ。しかしまあ、戦争が始まればそうも言ってられない。その時に困らないように、自分たちでできることは自分でするよう指導しているんだよ。君があまり仕事をしすぎると、連中が甘えてしまうからね。君は連中を甘えさせないように、仕事が済んだらすぐに帰宅してもらったほうがいいね」

「はい・・・・・・それでしたら僕はむしろありがたく感じます。早く帰れば妹も安心しますし・・・」
「ああ、そうだったね。早く帰ってあげなさい。不都合なことがあれば、本館のベルを鳴らしてもらえれば、私が対応しよう」
「ご配慮ありがとうございます」

大東亜文化協会。ここで下男として僕は働くことになった。前のお屋敷は、ご主人は良かったが、仲間から苛められて散々だった。ここなら一人だし、必要以上に関わらなくていいから気が楽だ。

僕は足取り軽く家路についた。


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