轟音と共に大連駅に列車が到着した。
大きな荷物を抱えた乗客が、次から次へと降りてきた。

その人の群れを見るともなく眺めていた飛崎は、ふとポケットから硬貨を取り出すときびすを返して、新聞売りから新聞を買った。
後ろから買いに来た男と腕がぶつかった。
「失礼・・・」
「いえ、こちらこそ・・・」
軽く言葉を交わして公園に向かった。

大連から列車が発車するのは約一時間後・・・。
駅が見られるようなベンチに座る。
新聞を広げていると、背中合わせに置かれた後ろのベンチに人が座る気配。
「逢えたかい?」
楽しそうに問いかける声がした。
田崎は時計を確認しながら、やはり新聞を広げて読むふりをした。
「あぁ、ありがとう」
心から、礼を言った。

「礼を言われるようなことはしてないよ」
そして、
「福本は手筈通り二人連れていけたんだね」
「ああ、それは心配ない。鳩をここまで上手く使えるなんて、感心するよ」

福本は、田崎が奉天から放った伝書鳩を指定された場所で受け取ると、駅員のふりをして駅に着いた列車で眠るロシアのスメルシュの一員を拘束した。もう一人は拘束しなくても大人しくしていた。もう、行くとこがないのだろう。そのまま、結城さんが指定した場所へ車で向かった。どこへいくかまでは聞いていない。余計な情報は聞かないほうがいい。
ただ、ひとつ、次にいつ大連に戻るのか、それだけは聞きたかったが・・・。
「俺も鳩を飼うかな・・・」
飛崎は自嘲して呟いた。
「言葉だけで足りるのか?」
田崎は何もかも知っているという声で問いかけた。
顔が熱くなった。
「それは、わからないな・・・」
そう言ったが、身体中が否定していた。

言葉だけじゃ足りない。でも・・・
「でも・・・、これでいいんだ、この状態が一番いいんだよ」
言い聞かせるように言った。
「はぁ・・・。小田切は真面目だね・・・」
田崎はそう言うと新聞を畳む。
「小田切、結城さんからは何も?」
「結城さん?」
「関東軍の立場は脆い。今は安定しているように見えるけどね、貴様も知っている通り、戦争が始まれば真っ先に戦線に立たなきゃならない」
「だから、俺がここに配属されたのだろう?」
「そうだね、でも、貴様の思う意図とは違う。推測だけど、戦争の気配を嗅ぎつけたら真っ先に情報をよこせってことなんじゃないか」

飛崎は少なからず、驚いた。以前なら、それは当然のように至る結論だった。しかし、俺はもう、D機関の人間じゃない。
「簡単に、辞められると思っているのかい?」
田崎は口角を上げて楽しそうにそう言うと、新聞を手に立ち上がった。
駅に向かって歩き出しながら、
「敬礼なんて、するなよ」
と念押しする。
「あ、・・・」
飛崎は思い出して一人で笑った。
そして広い果てしなく続く空を見上げた。
埃っぽい少し霞んだ青空。
でもこの空は俺が毎日見上げていた青空に繋がっている。東京の、柔らかな青空に・・・

「馬鹿か貴様・・・」
目を閉じたら結城さんに咎められた。
あぁ、そうか、おれはまだD機関の人間だったんだな。
俺のような面倒な人間に、協力者という位置を与えてくれたのは、福本じゃなくて、結城さんだったのか。
何もかも、知っていたんだな。
全くかなわない。魔王には・・・
まぶしい光の中で、飛崎は真っ黒な部屋に響いた結城中佐の声を思い出した。
「馬鹿か貴様・・・、スーツ姿で敬礼する奴があるか」


新聞を畳んで駅とは反対の方向へ向かう。
きっとすぐに会える。福本は、すぐに俺を頼ってきてくれる。

この内地から遠く離れたこの地の不穏な空気が、福本をすぐに連れてきてくれるような気がして、飛崎は不謹慎だと思いながら、緩む口元を手で覆った。

































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