翌々日、夜盗を指揮していた人物を捕まえることができた。
日本の高官の邸宅に現地の人間を使って窃盗をさせながら、ロシアの亡命者を探していたようだ。

腕時計は、8時で針をとめてあった。早い時間だったが、陽は沈んでいるから可能性は高い。窃盗のあった地域でひそかに警戒をさせていたところ、該当の車を見つけることができたのだ。
いつから調べていたのか・・・事件としては小さいが、それを知らせるためだけにここまで来たわけではないだろうな。

福本は、もう内地へ帰ったのだろうか。
俺は時間が空くたびに、大連の駅へ足を運び、旅順の方を眺めてため息をついた。

会って、どうするというのだろう・・・今日も大連で無意味な時間を潰して部屋へ戻った。

すぐには寝られそうになく、引き出しからブランデーのボトルを出してグラスに注ぐ。
口に含むと、痺れるような甘い薫りと共に福本の腕に包まれているような錯覚に陥った。
逃げるように、ここへやって来た。それなのに、どうしてこんなにも俺はお前を求めるんだろう・・・

福本の腕時計を手に取ると、ベルトの内側をそっと撫でてみる。
すると腰にまわしてきた福本の力強い腕を思い出して、身体が熱く切なく疼いた。
今日は、雲が邪魔で、月も見えない。
お前はどこで、誰を思っているんだろう。


轟音をたてて旅順からの列車が停まると、大勢の乗客が降りてきた。
朝新聞を読んでいた俺は、ある可能性に気づいてここへ来た。列車を眺めていると、耳元で聞き覚えのある声。
「小田切、久しぶりだね。いや、今は飛崎中尉殿か」
反射的に振り向きかけて、自分を抑えた。
俺にだけ聞こえるように向けられた声。振り向いてはならない。
声から田崎とわかった。

「なぜここに?」
「野暮用でね。新聞、貴様なら気づいただろう?」
ロシアの亡命者か。と、暗号らしき文章に目が止まった。
「あれからもうしばらく経つからな、確証はなかったが・・・」
どうやら当たりだったらしい。
「それでも、あいつを探しに来たんだろう?」
「・・・っ」
ぐっと言葉を詰まらせた。
知っていたのか、まぁ、そうだろうな、とは思うが、滑稽だ・・・。
「まだ、旅順で仕事があってね、だが、すぐにここへ来る」

福本が、ここへ来るのか・・・?
「残念ながら、俺はここでお別れだ。また会えることを祈っているよ」
「田崎・・・ありがとう」

田崎は微笑を残していつのまにかいなくなっていた。








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