「どうして・・・」

その問いには答えられなかった。
お前とは違うんだ、お前のようにはなれない・・・。
そう、言ってしまうのが辛かった。
「元気で・・・」
それだけ何とか声にすると、逃げるように部屋を出た。

あの時お前はどんな顔をしていたんだろう?
「中尉殿」
「・・・っ、どうした」
「先日配備を変更した地区の周辺で、夜盗の被害報告がでているようです」
「夜盗だろう?我々が関わるものではないのでは?」
「それが、かなりの人数のようで、目撃した隊員によれば、組織的だったようです。最近、軍の施設にも投石被害がありますし、関連があるのではないかと・・・」
「・・・目撃した隊員を呼ぶ必要があるな」
「はっ、今は警護のためにそちらに向かっておりますが!」
「では、私が行こう。車をまわしてくれ」
「はっ」

敬礼をして、部屋を出ようとした隊員は振り返ると遠慮がちに言った。
「飛崎中尉殿・・・」
「?なんだ・・・」
「お体の調子が優れないようですが・・・」
「そう見えるか?少し寝不足なだけだ。心配ない」

隊員が部屋を出て行くのを見送って、頭を軽く振った。
こんな腑抜けでは結城さんはなんと言うだろう。
福本・・・お前は、なんて言うだろう。


「失礼します!」
到着した管理事務所で車を降りると、待ちかねたように走ってきたものがいた。
「貴様か?」
「は!北沢と申します!」
「状況を報告してくれ」
「は!連絡に誤解があったようですが、目撃したのは私ではありません。通行人から不審な人物がいると連絡を受けた次第であります!」
「日本人か?」
「は!開拓地の視察に来ていた相良という男です。被害のあった日本人宅の塀を数人が乗り越えて出て行ったところ、指示をしていたものの車で走り去ったとのことです。相良氏は先ほどまでこちらに居られましたが、視察団に合流するため駅へ向かわれました」
「直接話が聞けないのでは、埒があかないな・・・」
「申し訳ありません!」
「・・・それは?」
「こちらは、相良氏が落とされたようで・・・」

北沢が手にしていた腕時計を受け取ると、思わず息を飲んだ。
「どうか、されましたか?」
「・・・発射時刻は?」
「え?あ、1700時の予定ですが・・・」
「すぐ戻る」
「え?中尉殿」
驚く声を背にして車に乗り込むと駅へ向かわせた。
駅までは、役10分。ぎりぎりか・・・。


車の中で腕時計を改めて調べた。見覚えのある腕時計・・・ふわっと覚えのある薫りがした。
大連の駅の周りには人が多い。じれったく感じて、少し離れたところに停めさせ、車を降りると、腕時計を握り締めて走った。
全力で、走った。
走りながら、こんなに走るのはいつぶりだろうかと懐かしく思った。
乗車口へ向かう人を見て回るが、知らない顔ばかりだ。

「どこだ・・・」
はぁ、はぁ、と息が上がってきても、速度を緩めず走った。
「どこだ・・・」
福本・・・!

やっと、列車が見えた。しかし、既に走り出すところだ。列車の後ろから夕陽が差して、眩しさに目を細めた。
列車の窓がゆっくりと流れていく。
窓の中の人影を逃さないように目を凝らす。
どこだ、どこだ、どこだ・・・
「あ・・・っ」

列車の窓越しに眼を合わせた人影は、紛れもなく福本だった。
微笑を浮かべて俺を見る福本に、俺は不覚にも涙を滲ませた。

空は砂埃で滲んで、赤く染まっていた。
町並みも同じように赤く染まり、やがて闇に端から沈んでいく。
その闇に心まで呑み込まれそうになって、心底恐ろしかった。
































inserted by FC2 system