まさか本当に会えると思わなかった。
間近でみると、またちづねぇによく似ていた。

「ひろちゃん!」
ちづねぇの柔らかい笑顔が甦る。

昔から俺の存在を支えてくれていたのは、ちづねぇだ。ただ、近所に住んでいたというだけの縁で、俺の面倒を押し付けられたのに、ちづねぇは、家族の暖かさを教えてくれた。今の俺の核になっているのは、ちづねぇだ・・・。


数日後、夕方時間が空いて、早速劇場を尋ねてみた。
劇場の稽古場には20人ほどの団員がセリフを練習したり、道具を片付けたりしていた。
一人に声をかけて聞いてみるべきかと悩んでいると、
「飛崎さん??」
という声。
野上百合子さんが微笑んでいた。

「どうも、お邪魔してしまって」
「ちょうど終わるところでしたから・・・、良かったらこちらどうぞ」
彼女は団員用のお茶を湯飲みに入れて渡してくれた。
「こちらの稽古はどうです?」
「とても勉強になりますわ。なにしろ、色々な人がいますでしょう?それぞれの感性がみんな違って、輝いて見えます。・・・でも、私はまだまだです」
「そんなことないでしょう?」

「お芝居は・・・いろんな人になりきらないといけませんのよ。私はまだ、自分を引きずりすぎていて・・・」
かつて、いや今も愛している人に囚われているのだろうか?
そう思いながら、話を聞いていると、ふと彼女が俺の眼を見て微笑した。

「その目・・・あなたも誰かの思い出を引きずっているみたい・・・」
「・・・・・・っ」
それは、私に似ているという人ですか?
そう言われたが、曖昧に返事をして帰ってきてしまった。

彼女に、誰の思い出を引きずっているのかと聞かれたとき、頭に浮かんだのは、目の前の人と同じ笑顔ではなかった。

むしろ、苦しげに見つめてくる真っ直ぐな瞳だった・・・。


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