「中尉殿!第4部隊、移動完了しました!」
「異常があればすぐ報告に来るように・・・」
「はっ!」

隊員の敬礼に答えて、こちらも姿勢を正す。随分と軍の方式が身についてしまったものだ。駅に着いた列車を降りるスーツ姿の人々を遠目に見ると、自分が今、内地を遠く離れて来てしまったことを痛感した。いや、D機関を離れて軍服に身を包む自分を思い知らされるんだ。
こちら側の人間だったと痛いほどわかる。自分で選んだ道だ。後悔はない。しかし・・・。

「憧れ、なのかもな・・・」
自分は化け物にはなれないし、なりたくないと思った。だが、どんな感情も制御できる彼らを羨ましく、また、尊敬もしているんだ。
「これだから、俺は・・・」
一貫性がないと苦笑する。
きっと俺は欲張りなんだ。

「・・・あっ・・・」
その時、ふと視界にブルーのワンピースを翻して、列車から降りてきた女性の姿が入り込んだ。
「ちづねぇ・・・」
とっさに駆け出して、
「待て!」
と肩に手を掛けると、女性は驚いて振り向いた。

「あ、あの・・・何か御用でしょうか?」
いきなり軍人に呼び止められて、青くなりながらこちらを見ている。
しまった。と思ったが、俺は続けた。
「あの、野上・・・百合子さんですね?私は飛崎弘行と申します。・・・私は、あなたが内地にいた頃からのファンなんです」

駅近くのカフェは、ザワザワと少し落ち着かない。少しだけ時間をもらってやっとのこと入った店だから仕方ないが、どう説明したものか・・・
「ふふっ」
野上百合子さんは、口元を隠しながら小さく笑った。
「可笑しいですか?」

「いえ、ごめんなさい。内地で私のお芝居を見てくださっていた方がこんなところで声をかけてくださるなんて、・・・女優としてこんな嬉しいことはありませんわ」
野上百合子さんは明るく笑った。本当に、似ている。ちづねぇに・・・。
「あのぅ、それで、ファンでいてくださったのは、本当に嬉しいのだけど・・・、それだけでは、ありませんわよね?」
「え、・・・なぜそう思うんです?」
「だって・・・。さっきから、どこか遠くを見てるみたいに考え込んでいらっしゃるから・・・」
「・・・っ!そう、ですか、そう見えましたか?」
「ええ」

愉しそうにそう言われて困ってしまった。
言葉にしようとすると滑稽だ。
また笑われてしまうだろうな・・・。

「野上さん、・・・あなたは僕の知っている人に本当にそっくりなんです。あの、失礼ですが、ご親戚はどちらにいらっしゃいますか?」
「?・・・私、静岡の出身ですの。けれど、身寄りはもうありません」
静岡・・・か・・・違うか。
「そうですか・・・大変失礼な質問をしてしまって・・・」
「いえ、そんな。お気になさらないで」
そういうと彼女はすこし残念そうに続けた。
「ファンというわけではなかったようですね・・・」
それを聞いて慌てた。

「そんな!決してそんなことは・・・!あなたの東京での最後の舞台を見ました・・・。叶わない想いに耐える花売りの演技が本当に、心に染みるようで・・・」
「あの舞台は・・・・・・お芝居では・・・ありませんから」
「・・・・・・。また見に行かせてくれませんか?」
「残念ですわ・・・。こちらでは、なかなか役をいただけなくて・・・」

でも・・・。と、彼女はいつも稽古している劇場を教えてくれた。
メモを手帳に挟むと、時間も迫っていたので、礼を言って店を出た。彼女は一瞬哀しげな表情をして帰っていった。
きっとまだ、忘れられないのだろう。
かつて愛した人のことを。



























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