神永が帰ってきた。
それを、三好から聞いたが、神永は店には来なかった。
忙しいのか、それとも。
俺は不安に日々を過ごした。


代わりに、晴れやかな顔でやってきたのは葛西だった。
「おかげで卒業試験をパスしましたよ」
という。
「なんのことです?」
「神永さんなら来ませんよ」
葛西はずるそうに上目遣いで俺を見た。
「どういうことだ」
「僕と付き合っているという噂が立って、彼の耳にも入ったんですよ」
「なんだと?」

「なにしろ貴方が僕を襲うところを、宗像が見ていますからね。動かぬ証拠でしょう」
「だがあれは君が・・・」
「そんなことはどっちだっていいことです」
葛西は冷たい口調で、
「問題はあなたが、誘惑に負けたってところですよ」

「告げ口したのか」
「そんなことはしませんけど、まあ、似たようなものですね」
曖昧に答えて、
「そんなにショックですか?」

「最初から罠だとは知っていた。・・・だが卒業試験だと?」
「結城さんの提案なんです。神永と真島を別れさせることができたら、ジゴロの試験は及第だと。貴方、怒らせたんですよ。最初は三好さんで、次が神永さんでしょう?ふたりとも結城さんのお気に入りですからね。特に、三好さんとは怪しいって噂もあるくらいで。本当かどうかは知りませんけど」
自分と神永のことがよく思われていないのは想像がつくが、そこまでとは知らなかった。そして、三好のことも。
「三好もぐるなのか」
「まさか。一期生と二期生は仲が悪いんですよ。なにかと優秀な先輩方は目障りでね。そろそろ引退してほしいな。神永さんは落ち込んでるのか、元気ないですけどね」
「俺を口説くだけなら一週間もあればできただろう。なぜ毎日来た」
「試験だから慎重にことを運びたかったのですよ。相手は本物のジゴロですしね。あんまり舐めたら、うまくいかないんじゃないかって。あとは、コーヒーが気に入ったからかな。深い意味はありません」

「なるほど。だが、なぜそれを俺に教えるんだ?」

「貴方が僕に惚れたから、同情してるのかもしれませんね」
「俺が?」
「惚れてますよ。自分でわからないんですか」
葛西の目が嘲るように細くなった。
「惚れてない」
「嘘だ」
「俺に惚れてるのは君のほうだろう?だから毎日来たし、キスしようとした」
俺が言うと、葛西は不快そうに、
「そう思うのは勝手ですが、誤解ですよ、僕は」

俺は葛西の唇を塞いだ。
「・・・なにをするんですか」
「ほら、拒まない。君は俺に惚れているんだ」

「冗談」
葛西は唇をぬぐい、頬を染めて細い目を吊り上げ、俺を睨んだ。
「君は俺に惚れているんだ。ただ、自分で気づいてないだけだ・・・なぜなら、人を愛したことがないからだ・・・」
ジゴロにはジゴロのやり方がある。
お返しはさせてもらう。




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