ある日、葛西は珍しく遅い時間にやってきて、コーヒーの代わりに安酒を注文した。

酒は全然呑まないと思っていたが、そうではないらしい。
いつもの壁際の席に座り、ちびちびと酒を舐めながら、
「そんなに意外ですか」
と尋ねた。
「いや・・・まあ・・・」
俺が言葉を濁していると、
「僕、本当は酒癖が酷く悪くて。それでやらないんですよ」
と言った。

酒癖の悪い客は珍しくない。
だが、葛西が酒癖が悪いとは、外見からは想像がつかない。
俺はグラスを拭きながら、
「酒は、人を変えますからね」
と言った。

安酒を3杯くらい呑んで、葛西はふらりと立ち上がり、俺の側に来た。
そして、カウンター越しに俺の首に腕を回し、
「そろそろ、コーヒー以外の味も試したいのですが・・・たとえば、貴方の」
と囁いた。
「ご冗談でしょう」
「冗談なんか言いやしませんよ。僕は本気です」
葛西の、ノミで掬ったような切れ長の瞳が、濡れている。
俺は背中がざわりとした。
これほど美しい青年に迫られるのは、悪い気はしない。
葛西の唇が俺の唇に重なろうかとしたそのとき、扉が開いた。

「・・・三好」
俺は目を見開いた。
「僕を尾行したのですか」
葛西が言った。
「何をしているんだ、葛西。真島さんから離れろ」
「野暮なひとだ」

葛西は手を外して、ふうっと大げさに吐息した。
「知り合いだったのか」
俺が言うと、
「後輩ですよ。こないだ入ったばかりの・・・何か企んでると思ったら・・・」
「企んでるなんて人聞きの悪い。僕はちょっと真島さんと話してただけですよ。これで退散します」
「待て。まだ話が」
三好の制止も聞かずに、葛西は鞄を取ると、店を後にした。
「あいつ・・・」
「後輩だったのか。どうりで」
「僕に似てるでしょう?あれは、わざとコピーしてるんですよ。ったく、なんのつもりだか・・・」
三好はカウンターにもたれながら、腕組をした。
「言っておくが、あんなまねをしたのは今日が初めてだ。昨日までは大人しくコーヒーを飲んでいただけだ。誤解するな」
「言い訳しなくても、神永にはいいやしませんよ。あいつはそれが狙いなんでしょうけど」
「神永が?」
「あいつは二期生なんですが、一期生の僕らとは仲が悪くて。いちいち対立してくるんですよ。どちらがより優秀かね。たぶん、真島さんを攻略することを賭けてたんじゃないんですか?」
「・・・・・・」
そうだったのか。俺はてっきり、コーヒーが気に入ったのだとばかり思っていた。
ジゴロ生活から足を洗って、少し勘が鈍っているらしい。
「だが、さっきのはたぶん、君の尾行に気づいて、咄嗟に行動したのだろう。君を刺激したかったんじゃないかな」
「僕を?」
「彼は君になりたいのだ。・・・そう思えて、ならない」
「僕に憧れる気持ちは分かりますけど、あいつはそんな玉じゃないですよ」
三好は肩をすくめた。

「あいつはただ、僕らを傷つけたいんだ。完膚なきまでに」














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