男は言葉通りに、毎日顔を出した。
決まって一人で、洒落たスーツを着てきちんとネクタイを締め、ソフト帽を被っていた。
黒い書類鞄を大切そうに持ち、だが普通の勤め人でもなさそうだし、職業はよくわからない。
案外、宝石かなんかのセールスマンかもしれない。

神永は足も治り、新しい仕事で、四国へ行っていた。
いつ戻るか分からない人間をただ待つというのは、なかなか辛いものだ。
だが、神永と付き合う以上、それは覚悟していた。

「僕、葛西といいます」
唐突に、男が名乗った。
「ああ・・・葛西さんか。俺は、真島です」
今頃挨拶するのも変な感じがしたが、何週間目かに、葛西は名乗った。
「やっと名乗れましたね。いつ、名乗ろうかと思っていたんですよ」
確かに、聞かれてもいないのに名乗るのも勇気がいるだろう。
バーでは、名乗る客もいれば、名乗りたくない客もいる。
偽名を使う場合すらある。
だが、特に深入りはしない。それがルールだ。

俺は黙ってコーヒーを入れた。
「いい香りですね・・・」
葛西は呟く。
根っからのコーヒー好きらしい。
能面のような顔をしているが、人間らしいところもある。
小柄で、若く見える。もしかしたら、学校を出たばかりかもしれない。
ノミで掬ったような切れ長の眼に、凄まじい色気がある。
そんなところも、三好に似ていた。

「僕の顔になにかついていますか」
俺の視線に気づいて、葛西がそう尋ねた。
「失礼した」
俺は視線をそらした。
意識しすぎだ。葛西が三好に似ているからって、それがなんなんだろう。
「僕は、その、三好さんとやらに、似ていますか」
葛西の目がすうっと猫のように細くなった。
「ああ。似ている・・・だが」
「へぇ・・・会ってみたいなぁ・・・その三好さんとやらに」
葛西は薄く笑って、堕ちてきた前髪をかきあげた。

「不思議な縁を感じますよ」







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