あれから、神永は店には来ない。連絡もない。
きっと、葛西がなにか言ったのだろう。
だが、俺には言い訳の余地もない・・・。


「飲んでるのか?」
顔を出したのは、三好だった。
「君か・・・このとおり・・・飲んでる・・・」
倉庫のワインはほとんど空けてしまった。
200本くらいあったはずだ。
俺は酒に逃げることで、神永を忘れようとしていた。
だが、飲めば飲むほど、思い出す。
神永の、少年のような耳の形。
二度と・・・。

「おいっ、しっかりしろ!ったく、しょうがないな〜」
崩れかけた俺を、三好が支えた。
「このボトル、全部ひとりで空けたのか?」
床に転がっているボトルをみて、三好は呆れたようだ。
「なにをそう・・・まさか・・・」

「神永は、どうしてる」
「神永?別に普通だけど・・・ちょっと元気がないかな」
俺は苦笑した。
ちょっと元気がない程度か。大丈夫そうだ。
俺は所詮、その程度の・・・。

「おい!泣いているのか?真島さん・・・」
涙?ああ、涙か。
ふられて泣くなんて、中学生以来じゃないか・・・?
アルコールのせいで自制が効かないだけだ。

「神永と、なにかあったのか?」

「別れた」

三好は息を呑んだ。そうして、深いため息を吐いた。


そうこうするうちに、店は潰れた。俺は行き場を失い、再び元の生活・・・ジゴロに戻った。俺は東京を去り、別の町へ移った。
薄汚れた町の、酒びたりの荒んだ生活が、俺には合っている。
神永のような、ぴかぴかのお坊ちゃんと付き合っていたことのほうが、不思議なくらいだ。金ヅルでもないのに。

やがて、戦争の気配が濃くなり、そんな俺にも召集令状が来た。
パラオだろうと、フィリピンだろうと、どこへでも連れて行くがいい。
どうせ戻ったところで、待つ人などいないのだから。
そんな投げやりな気持ちで、俺は召集令状を握り締めた。








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