その男が店に入ってきたとき、俺は思わず、
「三好」
と声を出してしまった。

その男は、そのくらい三好に似ていた。
顔ではない。雰囲気だ。
顔立ちは切れ長の眼に、白い肌、朱色の唇をしていて、細い目元以外は、似ていなくもないが、間違えるほどではない。
だが、身に纏ったムードは、どう見ても三好だった。

「残念ですが、僕はそういう者ではありませんよ」
冷ややかな声。肩をすくめた感じも、三好を髣髴とさせる。
「いや・・・すみません。知り合いに似ていて・・・」
「そうですか」
男は壁際の席に座り、
「僕は酒は呑まないので、コーヒーをいただけますか」
といった。
変わった客だと思いながら、コーヒーを入れる。

男は黙ってコーヒーを飲んだ。能面のように表情がない。
優雅に小指を立てて、カップを持ち上げる気取った仕草。
「本物のコーヒーですね」
男は意外そうに言った。
最近は本物のコーヒーを出す店は少ない。タンポポの茎を煮詰めたような、けちな代用品が横行している。
本物のコーヒーが飲めなくなる。それは戦争を意味する。

「まだ、なんとか手に入るからね」
俺が言った。
「昼間は喫茶店、夜はバーですか。忙しそうだ」
「皮肉かい?このとおり、閑古鳥が鳴いているよ」
家賃の足しになるように、昼間も店を開けることにしたが、客はまばらだ。
特に宣伝もしていないこともあって、知る人も少ないのだろう。

「なかなかうまい。僕が通いましょう」
カップを皿に戻して、男は言った。
「あんたが?」
俺は意外なことを言われて、ぽかんとした。
「このご時世に、本物のコーヒーが飲めるなんて、酔狂ですからね。僕は、酔狂なことが好きなんですよ・・・この店も、気に入りましたよ。そして貴方のことも」
微かに唇の端をあげて、男は言った。

俺は、蠢く朱色の唇を見つめていた。





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