<奇跡の施術。貴方の足は治ります。お値段10万ドル。>

そう描かれた看板の下の入り口の階段を降りていくと、その診療室はあった。
真島に言われて仕方なく受けた手術だったが、意外なことに、みるみる足は良くなって、もう杖なしでも歩ける。まさに奇跡だった。

「お礼の言葉もありません。正直、足はもうだめだと諦めていたんですからね」

「足には何の問題もありませんでしたよ」
老齢の、やや上背のある医者は、顎鬚を撫ぜながら言った。
「なんですって?」
「足には何の問題もないと言ったんです。心理的なものですな」
「心理的な・・・?」
「金がなくて、碌に医者にもかからなかったんでしょう。足に異常は見つからなかった。痛みは神経からくるものですよ。つまり、妄想」
「そんな馬鹿な・・・痛みは確かにあったんだ」
「依頼心ですな」
「依頼心?」
俺は鸚鵡返しに尋ねた。

「足が悪ければ、あの男に頼ることが出来る、貴方は心の奥深くで、そう計算していたのでしょう」
「ば、馬鹿な!人を愚弄するにもほどがある!!」
俺はいきり立ち、椅子を蹴って立ち上がった。
「まあ、本当のことを言われたからって怒ることはないですよ」
医者は眼鏡の奥の灰色の瞳を閃かせた。
「本当のことだと?ふざけるな・・・失礼する」
俺が入り口のコートと帽子を取って部屋を出ようとすると、背後から懐かしい声が、そっと耳元で囁いた。


「何者にも囚われるなと言ったろう?・・・帰国しろ。神永」

俺は思わず振り返り、その声の主を探した。
だが、そこにはもう誰もいなかった。
ただ外国製の煙草の微かな残り香が、そこに漂っているばかりだった。






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