ラスベガスに行って来る。

そういう書置きを残して、真島は旅立った。
俺は呆然としながら、そのメモを眺め、空になった金庫と、残高のない通帳を見比べていた。

「あのジジイ〜!!!許さん!!」

昨日、大人しく定期健診を受けに病院に行ったと思ったら、これだ。
俺が真島と別れたくなるのはこんなときだ。
真島は何かに夢中になると、周りが見えなくなる。
子供のように目を輝かせて、星を掴もうとする。

若いときはそれを微笑ましく眺めたものだが、今はもう、老後といっていい年だ。
俺も60を超えたし、真島は70を過ぎたはずだ。
こんなハプニングは歓迎できない。
第一、有り金を全部持って、カジノに行ったのだ。
買ったところで豪遊して使い果たすだろうし、負ければ身ぐるみはがされてドブに捨てられる。帰りの飛行機代も残らないだろう。
そもそもあいつ、帰ってくる気はあるのか・・・!!!

俺は怒りがこみ上げてきて、血圧が上がりそうになった。
ふらりと眩暈がして、机にしがみつく。
幸い、俺にはへそくりの2千ドルが残っている。
こんなときのために、破れたソファの中に隠しておいたのだ。
たいした額ではないが、それでしばらくは過ごせるだろう。
<ビストロ・マジマ>のほうはどうしようか・・・。バイトのマイクとジェイだけで回せるだろうか。給料も払わなくちゃならないし、真島がいない分無理をさせるんだから、多少の色もつけないといけないだろう。
材料などはつけだから、年末までいいとして、だが、へそくりではひと月が限度だ。
来月からはどうする・・・売春でもするか・・・。

俺が頭を悩ましていると、バイトのジェイがやってきた。
「あれ?カミナガさん。真島は?」
「いない。ちょっと旅行だって」
「旅行?一体どこへ?」
「知らん」
俺は嘘をついた。真島のラスベガス行きを教えたら、ジェイもマイクも辞めてしまうかもしれないからだ。
「え?でも、じゃあ、俺たちだけってことかよ?」
「そうだ。俺も手伝うから」
「でも、その足じゃ」
ジェイは黙った。
俺は片足が不自由だ。少し引きずる程度だが、歩くのに時間がかかる。
戦争の後遺症で、片足をやられていた。
「ポテトくらいは剥けるだろう」

いままでも、手伝ったことがないわけではない。
ただ、真島は俺が手伝うのを嫌がるから、あんまりしないだけだ。
真島は俺をお姫様みたいに守りたいと思っている。
有難い反面、わずらわしくもある。
俺は女じゃないし、自負心も人並み以上だ。
真島の世話になっているのは屈辱でもあった。
だが、D機関員である以上、目立つわけにも行かず、また、足が悪いこともあって、俺を雇う者はいなかった。
俺は半ばボランティアで地元の子供たちに英語や日本語を教えたりして日々を過ごしていた。
貧しい地域なので、有難がられて、仕事はいくらでもあるが、金にはならない。
お礼に古い調理道具や、壊れた時計などを貰うことはあっても。
だが、それらを治してガレージセールに出すと、多少の小遣いにはなった。

それにしても、真島の奴。昨日は普通に病院に行って、定期健診を受けて、帰ってきてからも別に変わったところはなかったのに、なんだっていきなり・・・。
そういえば、随分熱心に、新聞を読んでいたな。
俺は昨日の新聞を取り上げて、ざっと眺めた。
毛はえ薬の広告、マラソン大会のお知らせ、ガレージセール・・・めくると、四角く切り取られたページがあった。
なんだ?なんの広告だ?
俺は店の二階の事務所兼俺たちの部屋にあがり、部屋一面に張られた切抜きを眺めた。
真島が気にしているテロ事件や事故の記事が所狭しと並んでいたが、最後のところに一枚の広告が張られていた。

<奇跡の施術。貴方の足は治ります。お値段10万ドル。>

それはいかにも怪しげな新聞広告だったが、真島がこれをみてラスベガス行きを決意したのは明らかだった。

「あの馬鹿・・・」
俺は頭を抱えたくなった。
真島はいつだって俺のことを考えている。それはわかっているのだが・・・。























inserted by FC2 system