明け方、目が覚めると葛西の姿はなかった。

だが、確かに夕べ、俺は葛西を抱いた。
そう思うだけで、頭の奥がジンと痺れる気がした。

あれは、幻じゃない・・・。

葛西の熱も、息も、可愛い喘ぎ声も、全部俺のものだ。
俺はたぶん、死ぬ瞬間だって、あいつの顔をきっと思い出すだろう。

奇妙な全能感が、俺を包んだ。なんでもできる・・・。

だが、今日からあいつはいない。
そう思うと、つい深いため息が漏れる。

「昔はものを、思わざりけり・・・か」
古い和歌が口を突いて出た。今も昔も、物思いというのは変わらないらしい。

俺も、早く赴任地が決まるといい。
仕事をしていれば、この苦しい気持ちは忘れていられるだろう。

それにしても。
ゆうべのあいつは、可愛かった・・・。
普段のクールすぎる顔とは別の、素の葛西。
俺が触れると、戸惑ったような顔を見せた。
あんな顔を、もう他の誰にも見せないで欲しい。

ふと、結城中佐の顔が、脳裏に浮かんだ。
葛西は、落とすのを失敗したと認めた。
だが、誘いをかけたということだろうか。
そう思うだけで胸がむかつく。
葛西はなぜか、結城中佐にこだわっていた。
結城中佐の話になると、話がいつになく長くなる。

最初はちょっとしたファザーコンプレクスみたいなものだろうと高をくくっていたのだが、今となると複雑な気分だ。
ドイツでは、葛西と一番接点があるのは、おそらく結城中佐だろう。
極限の孤独の中で、触れ合えるのが結城中佐だけ・・・。

俺は頭を激しく振った。
いかん、くだらんことを考えては。あいつは任務で行くんだ。遊びじゃない・・・。
ドイツに旅立った葛西を思って、俺の心は引き裂かれそうだった。
前日に抱いたということが、何かの保証になるわけじゃないんだ・・・。







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