「ドイツに行く前の晩を、俺と過ごしてくれ」

「何を言ってるんだ。いつも一緒じゃないか」
「そういう意味じゃない。言ってる意味、わかるだろう?」
宗像は目をそらさずに言った。

「僕を・・・どうする」
「一緒に過ごせばわかるよ」


宗像は、ドイツに行く前の晩、僕を町で一番の高級ホテルに連れて行った。

「宗像。僕は女じゃないから、こういうことされても・・・」
「俺がやりたいんだ。付き合ってくれ。今日だけ」

部屋は、見晴らしのいい最上階で、いわゆるスイートルームだ。

「ふたりきりの食事なんて、初めてだな」
宗像が言った。
ルームサービスで、部屋に運び込まれたご馳走は、一流レストランの西洋料理だ。
「最後の晩餐って感じだな」
僕が皮肉ると、
「まあ、似たようなもんだ」
と宗像が言った。
「ワインを」
宗像が注いでくれる。
「張り込んだな」
珍しいフランスワインだ。このご時世に・・・。
「何に乾杯するんだ?真っ黒な未来にか?」
「そう皮肉るなよ。今を愉しもう」
いなすように宗像が言って、
「乾杯」
グラスを合わせた。

「どんな気分だ?」
「・・・どんなって・・・変な気分だよ。新婚初夜の花嫁みたいな」
「あながち間違ってないな」
言いながら、宗像の顔は少し赤くなった。
「僕は無事にドイツから戻ってくるし、大袈裟なことは・・・」

「また、戻ってきたらここで食事しよう」
宗像は言った。

食事が済んで、テーブルが片付けられた。
「電気を消したら、夜景が見えるはずだ」
宗像はそういって、部屋の明かりを消した。






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