ドイツ語を教えるボランティアか。
なら、話は早い。

僕はダニエルの目の前に問題集を積み重ねて、どん、と机に掌を置いた。
ダニエルの青い目が驚いている。ダニエルは絵に描いたような金髪碧眼だ。
宗教画の天使みたいな顔をしている。

「なんだ、いきなり」
「ドイツ語を教えろ。金は払う」
ダニエルは座っていて、僕は立っていたが、背の高さはあまり変わらない。
初対面の時、ダニエルは口にこそ出さなかったが、僕のあまりの小ささに随分驚いた様子だった。
僕は確かに大きくはないが、ダニエルが大きすぎるのだ。ゆうに190はある。
だが、その程度の人間は、この国にはごろごろしている。
じゃがいもばかり食べているくせに、なんでそんなに背が伸びるのだろう。
摩訶不思議だ。

「それは構わんが・・・別に金は要らないよ。俺はこう見えても伯爵の息子だ。金には困っていない」
「いいや、払う。余計な借りは作りたくない」
「借り?」
ダニエルは怪訝な顔をした。
「借りられるものは借りておけばいいさ。そのうち、何らかの形で返してくれればね。俺は君と同室になったんだし、折角だから、なにか出来ればと思っていたよ」
「何らかの形?」
「例えば・・・そうだな。一緒に映画を観に行くとか、そういったことで」
「映画?」
今度は僕が怪訝な顔をする番だった。
提案があまりに意外だったからだ。
「映画は嫌いかい?」
「嫌いじゃ・・・ないけど・・・」
「じゃあ、決まりだな。週末、付き合ってくれ。ドイツ語は平日の夜に見るよ」
ダニエルは時計を見ながら言った。

「時間は夜の9時から10時の一時間だ。それ以上は時間を割けない」
「いいのか?本当に?」
大学の講義は難解で、課題も多い。ダニエルにとっても貴重な一時間のはずだ。
「構わないよ。これで君ともやっと、仲良くなれそうだ」
ダニエルは左手を差し出した。
左利きなのか。

こうして僕らが契約したのは、知り合ってから半月ほどたってからだった。
それまでは同室でもほとんど口を利いたことがなかったから、この変化は大きかった。ドイツ語の習得と同時に、僕は友達を手に入れた。







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