<葛西の話>


少し、昔話をしよう。

僕は、3年前、ベルリンに留学していた。
僕の家系は、代々医者の家系で、そこの長男であった僕は当然のごとく、医学を学ぶ為にドイツに留学したのだ。
日本では、ドイツは医学の中心と考えられていた。
ドイツ留学で名を馳せたものには、森鴎外がいるが、彼も元は医者だ。

ドイツ語は難解な言語だが、外国語というものは、そもそも難解なものだ。
コツコツと積み上げていくしかない。

ドイツに来て驚いたことはいろいろあるが、一番は、なんといっても女が大きいことだ。太っているのも、太っているが、なにしろ背が高いのだった。
日本人にしても小柄な僕は、彼女たちから見るとまるで子供みたいだ。
いささか屈辱的だが、仕方がない。
子供の頃に読んだ、ガリバー旅行記を思い出した。
ここは巨人の国だ。

おりしも、日本とドイツは日独伊防共協定を締結したばかりで、日本人留学生である僕は、一緒に戦う仲間として歓迎された。
欧米は人種差別がひどいだろうと、ある程度の覚悟をしていた僕にとって、それは意外な事だった。見知らぬパブに入っても、日本人だとわかると、知らない人が一杯奢ってくれたりした。
そうして人々と交わるうちに、自然にドイツ語も身につき、ベルリン大学でも友達と呼べそうな人も出てきた。
その頃はスパイでもなんでもないのだから、それが自然だろう。
ドイツ人はシャイだが、一度打ち解けると、とことん仲良くなれる。

そうして、仲良くなったのが、同室のダニエルだった。
ダニエル・フォン・クライスラー。
伯爵の家だ。
ドイツは物価が恐ろしく高く、学生は部屋をシェアするのが一般的だ。

とはいえ、最初は見ず知らずのドイツ人と同じ部屋というのは、気が乗らなかった。
体格差からして、見下されているようで、腹立たしい。
そして、言葉もあまり通じない。
自然と不機嫌に黙り込むことが多くなる。
ダニエルも、最初はとっつきにくくて苦手だった、能面のように表情がなかった、と後で言っていた。
留学生は、言葉の問題があるために、ドイツ人の学生をわざと同じ部屋にするのだそうだ。ダニエルはいわばボランティアのドイツ語教師として、僕と同じ部屋になってくれたわけだ。
僕とダニエルの仲が旨くいっていないのを心配して、別のスペイン人の留学生がそう教えてくれた。






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