「海軍は・・・多重人格者の研究をしています。少なくとも、その一人を、僕は目の当たりにしました。新見、という別人格です。田中、という諜報員の中に、新見と聡子という別人格が存在するんです」

「噂に聞いたことがある。ただの噂だがな」
結城さんは別に驚きもせずに、そう答えた。

「僕は会ったんです。その新見に」
「いつだ」
「・・・・・・」
「一晩中こもっていた時か」
「・・・そうです」
ひどくいたたまれない。
僕は拳を握り締めた。

「情報を得ようと、か」
結城さんは低い声で呟き、右手で顎を撫ぜた。

「だが、貴様の情報はまだ不確かだろう。さっき、躊躇ったのはそのせいか。それとも、俺には言いたくない事情でもあったのかな」
両方だ。
多重人格に確証があるわけではないし、新見との事を報告するのは気がひけた。
足元を見られている。
相手と寝てまで得た情報がこれだけでは、立つ瀬がない。

「聡子、というのはなんだ」
「幼い少女のようです。寝ていたので、会えずじまいでした」
「寝ていた?聡子がか」
「はい」
「葛西。貴様はそのとき何をしていた」

僕が答えずにいると、
「貴様は性愛を見くびっているが、性愛とは実に恐ろしいものだ、人を狂わせる」

結城さんはたちあがり、僕に向かって手を伸ばした。
「!?」
キスされるのかと思い、思わず身構えると、
「どうした?・・・髪に何かついていた」
結城さんは僕の耳の後ろに触れただけで、その手を離した。

僕はかあっと、全身から火が出るような想いがした。
自意識過剰だといわれればそれまでだろう。だが、結城さんは確かに・・・。

感情のない二つの目で、僕の唇を見つめていた。








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