半月後、僕は汽車に乗っていた。

ケルンで結城さんと会って、その帰りの汽車だ。
ベルリンに戻るその列車の乗客の中に、僕は田中の影を見た。

僕を追ってきたのか。
それとも、偶然乗り合わせたのか・・・。
真意のほどはわからないが、顔をあわせたくない相手だ。
なにをされるかわからない。

自分の座席に着くと、僕は本を広げて、推理小説を読み始めた。
窓の外は美しい雪景色。雪は降り続いていた。ベルリンまではまだ数時間ある。
途中、車掌が巡回に来た。
切符を見せると、軽く帽子をあげて挨拶をした。

座席は向かい合わせで6人掛けになっており、僕はひとりだった。
気を使わなくていい。
僕は夕べの結城さんとのやりとりを思い返していた。

「葛西。思い残すことはないか」
「別にありません。家族とは絶縁しましたし、婚約者も別の男に嫁ぎました。僕がいなくても誰も困らないでしょう」
「そうか。なら、いい」

それだけの会話だったが、あれはどういう意味だろう。
思い残すこと・・・。まるで、僕がいまから死地に赴くみたいだ。
それとも、今度の任務はそうなのか。

ドアの外に人影があった。
僕ははっとした。
「新見!」
扉は開いた。

そのとき、列車は急ブレーキをかけた。
ふいに新見に強く抱きしめられたような気がしたが、停電になった車内では悲鳴と怒号が飛び交い、人々がパニックに陥っている様子がわかった。
逃げなければいけないとわかっているのに、抱きすくめられて身動きができない。

「はな・・・せっ・・・」
次の瞬間、強い衝撃を腹部に感じ、目の前が白くなった。

結城さん・・・。

全ては闇に包まれた。僕は、なにもわからなくなった・・・。







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