ベルリンに着くと、雪が降っていた。

用意されたアパートの鍵を開けて、中に入る。

「遅かったな」

室内の暗闇の中から声がした。僕ははっとして、暗闇を凝視した。
黒いシルエット。杖に白手袋。
結城さんだ。

「どうして・・・」
声が掠れる。
僕は船を降りて、寄り道はせずにまっすぐにここに来た。
その僕よりも早く、ドイツに着いていたのか?
まさか・・・。

「同じ船だったのですか」

「何を言っている。船で会ったろう」
結城さんの低い声。
あの時、見かけた老人。あれが、結城さんの変装だったのか。

「・・・会いました」
「じゃあ、なにもそんなに驚くことはなかろう」
「いえ、驚きました。まさか、こんなに早く、結城さんに会えるとは思わなかったので」
警戒しながら答えると、
「面白いものを見たからな」
結城さんはそういって、にやりとした。

「海軍のスパイと一晩中こもって、一体何の話だ」
やはり知っているのか。
僕は身体が熱くなるのを感じた。
「あ、あれは・・・情報を得ようと・・・」
「ほう?感心だな。葛西」

感情のない、結城さんの二つの目が僕を見つめている。
「それで、どんな情報が取れた」

「海軍は・・・多重人格者の研究をしています。少なくとも、その一人を、僕は目の当たりにしました。新見、という別人格です。田中、という諜報員の中に、新見と聡子という別人格が存在するんです」









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