僕が宗像を受け入れたのは、ダニエルとの事があったからだ。

男同士の痴情というものは時に、男女のそれよりも激しい。
そして危険だ。

拒まれて命を絶つようなことが、実際に起こる。

僕はダニエルを失い、自分の道を見失った。
人の命を救うよりももっと違ったやり方で、運命を変えたかった。
小さく、傷ついた我が祖国の。

ささやきが聴こえる。
「君に出来る仕事がある。君にしか出来ない仕事だ・・・君は優秀で、そして美しい」

道に迷った僕を、拾い導いてくれたのは、結城中佐だ。


僕はダニエルの影を振り切るようにして帰国し、そのままD機関に入った。

親も、親戚も、婚約者も、須永の名前さえも捨てて、僕は生きることにした。

婚約者は、生まれた時からの許婚で、絹子といった。ベルリンから戻り次第挙式する予定だった。
だが、僕はもともと絹子にはとても冷たかったから、破談になって彼女もほっとしているだろう。
覚えているのは、女学生風の大きな縞のあるリボンをした、後姿だ。酷く儚げだった。

葛西になってから、一度だけ町で絹子を見かけた。絹子は子供を抱いていた。
何故だか僕は、その光景にひどく傷ついてしまった。
その幸福は、以前の僕には約束されていたはずのものだったからだ。
それが、今はもう消えた。

僕がキスをしたのは一度だけで、相手は男だった。

それだけでももう、僕は絹子の夫になる資格を失っていたのだ。

僕は女を抱くよりも、男に抱かれるのが嬉しい男なのだ。
周りにいる男が女について騒ぐのを不思議に思ったり、女に言い寄られるのを迷惑に思ったりしていたのも、そんな理由だろう。

結城さんのキスは、僕にいろんなことを思い出させた。
少しとりとめもなく長くなってしまったのは、許して欲しい。
昔のことを思い出すと、いろんな想いが溢れて、とまらなくなってしまうのだ。

まだそんな年でもないのに。






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