「大学を辞める?」
「ああ、軍隊に入るんだ」
ダニエルはこともなげに言った。
「でも、軍医になるためにはもっと勉強しないと・・・」
「親父の命令なんだ。逆らえない。俺はチェスの駒と一緒さ。歩兵というとこだけどな」
「本当にそれだけか?」
「それだけって?」
「僕が・・・」
僕が君を拒んだからじゃないのか?
「そんな顔をするなよ。お前のせいじゃないんだから」
ダニエルは苦笑した。
「あんなに戦争を嫌っていたじゃないか」
「好きではないよ。戦争は穢い仕事だ。それでも・・・高貴なる義務って奴さ」
ダニエルの手が僕の頬に触れた。
「キスしてもいいか?・・・友情の証に」
いい、とも、だめだ、とも答える間もなく、ダニエルは僕にキスをした。
教会の祭壇を思わせるような、厳粛なキスだった。
「さよならだ、ユウ。君の黒い瞳も見納めだな」
「さよなら。総統」
総統、はダニエルの渾名だ。
親衛隊を引き連れた彼のことを、世間ではそう渾名していた。
総統は戦場で死んだ。
貴族の息子という肩書きも、彼自身の魅力も、能力も、戦場という場所ではおよそ無意味だったのだ。
彼は豚のように殺された。名前もないようなフランスの村で。
それが全てだった。