寮の裏山には小さな池があり、そのほとりに猫を埋めた。

なんとなく石を置いて、手を合わせていると、
「日本人はそうするんだな」
とダニエルが言った。
「化けてでないように祈ってたんだ」
「本当は燃やすんだろう?」
「燃やす?ああ、火葬のことか。それは人間の話だ」
「死者を燃やすなんて残酷だな」
「残酷?」
火葬が残酷なんて思いも寄らない。
「生きたまま人間を燃やした君たちに言われたくないね」
僕が言うと、
「・・・魔女狩りのことか。詳しいんだな、俺たちの歴史に」
ダニエルは暗い目をした。

ダニエルは基本的には陽気で警戒心の少ないお坊ちゃんだが、時々どこか暗い、影のようなものをちらつかせる。由緒正しい貴族なんてものは、どこか歪んだ、禍々しい歴史を帯びているのだろう。
実家の写真を見せてもらったが、それはまさに城、という感じだった。
須永の家とは格差がある。須永の家だって、日本に帰ればそれなりに名の通った名家なのだが。

「前から不思議だったんだが、なぜ伯爵家の君が、医学なんかやってるんだ?貴族の仕事じゃないんだろう?」
「苦渋の選択だよ」
ダニエルは肩をすくめた。
「俺は跡取りじゃないんだ。継承権からいえば、4番目だ。兄が三人もいるから。いらない子だ」
ダニエルは小石を拾って、池に投げた。小石は何度も水面をはねて、やがて沈んだ。
「選択肢はふたつだった。士官学校に行くか、医者になるか、だ。俺が医者になれば、家族に病人がでたとき、都合がいいんだろう」
「軍服には憧れなかったってこと?」
「全然。2番目の兄が負傷して還って、戦争には懲りていたからね。医者なら、参加するにしても軍医としてだから、死亡率は低くなる」
「人の役に立ちたいからとかじゃないんだ」
僕は笑った。
「君こそどうして医者になりたいんだ?跡取りだから?」
「そうだよ。僕は長男だし、弟はまだ幼い」

「自分の人生に疑問を感じたことは無いか?」
ダニエルの問いに、僕は嫌な顔をした。
「無いよ。僕は医学を学んで日本に帰る・・・それだけだ」
疑問の余地は無い。
そんなものを感じていては、立ち止まってしまうだろう。







inserted by FC2 system