夜。
ぷすぷすと何かが焦げるような匂いがして、目が覚めた。

見ると、ドアの隙間から細い煙が漏れている。
ドアを開けると、一面真っ白になって、何も見えなくなった。
火事だ!
すばやく姿勢を低くして、口元を覆う。

ちづねえと両親は旅行に出ている。家には僕一人だ。
安心は安心だが、助けてくれる人もいないことになる。
階下は炎が燃え盛っていた。あの夢と同じだ・・・。
あの夢は過去ではなくて予知夢だったのか。
だとしたら。

「実井!!どこだ!!」
波多野だ。来てくれた。
「ここだ!!」
波多野の声が炎にかき消され、遠ざかっていく。

波多野、行かないで。僕はここにいる。

階段は炎に包まれていて、通ることができない。
僕は部屋に戻ると、窓を開けて、身を乗り出した。

高い。

庭は芝生になっているとはいえ、優に3メートルはある。
下手したら骨折ではすまないだろう。
躊躇していると、波多野が飛び出してきた。
「実井!!飛べ!!」
「はあ!?無理だよ!!」
「俺が受け止めるから!!」
無茶なことを・・・。
「俺を信じろ!!お前ならできる!!実井、俺を見ろよ!!飛べ!!」

部屋のドアが破れ、煙が噴出してきた。
もう時間がない。
僕は意を決して、波多野めがけて飛び降りた。
清水の舞台から飛び降りるような気持ちって、こういうことをいうんだ。
波多野に抱きとめられて、芝生を転がった時、僕は思わず笑い出しそうになった。
それは、あんまり怖かったからだ。
本当に怖いとき、人は笑ってしまうものらしい。




inserted by FC2 system