派出所の前まで行くと、波多野が立っているのが見えた。

「君・・・」
「あの、自転車ありがとうございました。お礼を言ってなくて」
「ああ」
気のなさそうな波多野の返事。
「薬は飲んだのか?熱は?」
「もう下がりました」
「そうか」
波多野は僕の顔を見て、
「何か言いたいことがあるのか?」
と言った。
「僕、そんなに似てますか?実井というひとに」
「ああ」
波多野は鼻をこすった。
「だけど俺の知ってる実井は・・・お前ほど従順じゃない。まあ歳も違うから当然といえば当然なのかもしれないが・・・人のいうなりになるような奴じゃなかったからな」
「夢を見たんです。貴方は炎の中で僕を探していた」

波多野は、考え込むような目つきで足元を見つめた。
「いや・・・記憶にないな」
「そうですか・・・」
僕はがっかりした。同じ記憶があれば、もしかして僕が実井であることの証拠になるかと思ったのに。
「でも、俺の夢を見たんだな?」
「それがなにか?」
「気にしている証拠だろ」
ぬけぬけという。とんだ自信家だ。チビの癖に。
そう思ったけど、波多野の晴れやかな顔を見て、ちょっと目を細めた。

「鼻の下を伸ばしている場合ですか?僕は貴方を性的暴行で訴えることもできるんですよ」
「そういうところは実井っぽいけど、しゃれにならないな」
波多野はぼやいた。
「僕が実井じゃなかったら?」
「俺が実井を見間違えるはずはない」
怒ったような目つきで、波多野は僕を見た。

愛していたんだ。
波多野の目は、雄弁にそれを語っていた。





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