「自分で歩けますよ」
「いいから」

お姫様抱っこされて、階段をあがる僕は、まるで無力なシンデレラだ。

僕の部屋に入ると、ベッドに僕を降ろして、波多野は僕の顔を覗き込んだ。
真剣な眼差しにたじろぐ。
「お前・・・もしかしてはじめてだったのか?」

そのセリフにかっとなって、僕は波多野の頬を思い切り叩いた。
「ばっ・・・馬鹿!あっ・・・当たり前だろう!あんなこと!!」
「そうか。悪かったな・・・」
波多野は切れた口元を拭い、
「お前は実井とは違うんだな・・・」
と呟いた。
幾分がっかりした口調に、僕はまたかっとなって、
「だったらなんですか?僕が実井ってひとじゃないことくらい、とっくにわかってるんじゃないですか?大体実井さんって、なんですか?昔の知り合い?」
「前世だ」
「ぜっ」
ぜんぜん前世・・・。「君の名は」じゃあるまいし。

「変な人だとは思ったけど、貴方は、クレイジーだ」
「かもな。でも君は時々・・・いや、いい」
波多野は頬に手をやり、痛そうに顔を歪めた。

「公務執行妨害で逮捕してもいいけど、それはやめておくよ。痛い思いをさせて悪かったな。小田切京介」
制帽を被りなおして、部屋を出て行こうとする。
「ちょっと待ってください」
僕は言った。
「僕がその実井というひとじゃなかったら、もう用事はないってことですか?」

「お前は実井だよ。でも、そのことは思い出したくないんだろ。だったら、無理に思い出さなくていい。きっと忘れたいんだろう」

そうじゃない・・・。
今こうして見ている背中さえ、酷く懐かしい気がする。
行かないで、波多野。昔みたいに俺を置いて、行かないで・・・。

残酷な夢にうなされて、僕は夜中に目を覚ました。
波多野・・・。





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