「あんたたちが俺の街に来たら、商売あがったりだな。別の街にしてくれよ。特に・・・あんた」

男は甘利を指差して言った。
「あんたはもともとこんな講義はいらないだろう?」
男はやれやれというように笑うと、扉を開けて出て行った。


大東亜文化協会、その看板をかけたスパイの学校の講義で、今日は本当のジゴロを招いての講義が行われた。
講師に呼ばれた男が、女に近寄る方法から、話の仕方、目線の合わせ方、女の話の聞き方、それから、抱き方・・・、抱いた後の態度まで、事細かに、様々なパターンで紹介していった。
男は、教室にいるメンバーが、どんな深い話に及んでも、顔色ひとつ変えないことに少なからず驚いた。

堅い、のではない。あくまでもスキルとして聞いているのだ。そして、実際に女を口説けば、自分よりうまく立ち回るだろう色気を放っていることにも、男は驚愕していた。
「まずいな・・・。俺は女一筋なんだがな・・・」
早く終わらせて帰ろう。そうしないと、・・・。俺は生活がかかっているからな。
男は苦笑した。

駅までは車で行くという。日が暮れて、夕闇が辺りを包んでいた。
外で待っていると、学生がひとり建物から出てきた。

「お待たせしました。どうぞ、こちらへ」
学生は、車へ案内すると、後部座席のドアを開けた。
「あんた、確か、三好さん、だったかな?」
男は学生に対してそういうと、後部座席から顔を覗き込んだ。
「えぇ」

学生はそれだけ言うと、後はもう何も話さなかった。
取り付く島もない。男は手持ち無沙汰に感じて、ぼんやりと学生の姿を眺めた。
首から耳、頬にすべらかに続く白い肌は、まるで女のようだった。
筋肉質のようだが華奢にもみえる。すらりとした体躯。
少し上がった目尻は、化粧した商売女も欲しがる色気をたたえている。

男はそこまで考えると、心臓の音が強くなったのを感じた。
あの肌に、触りたい・・・。

「なぁ、君、駅までいったら、少し付き合わないか?カフェで休んでから行きたいんだ」
男はそう言った。
学生は少し眉をしかめていった。

「いえ、このあと戻って用事を片付けなくてはいけないので・・・」
車が東京駅に着くと、学生は道の端に車を停めて、後ろを振り返った。
「着きましたよ・・・」

男は咄嗟に身体を乗り出すと、学生の肩に手を掛けて、キスをしようとした。
が・・・男はいつの間にか、路上に座っていた。車はそんな男を残して走り出した。

男が学生の唇を奪おうとした時、

「そんな講義はありませんでしたよ」

そう学生は言うと、肩に掛けた手を外して、反対に男の胸倉を片手で掴んだ。凄い力だった。後部座席の男の身体が半分前に引きずりだされるほどに。
そして、学生はニヤリと笑うと、男の唇を奪ったのだ。
男は戸惑ったが、あまりにも熱くて深い口付けに、何も考えられなくなった。
長いキスの後、男は解放された。

学生は一度車を降りると、後部座席のドアを開けて、男を引き摺り下ろした。
「特別授業は合格ですか?」
男はかすかに頷いた。

男を残して走り去る車の窓に、また無表情に戻った学生の姿が見えた。
しかし、男の脳裏には、痺れるほどの快感とともに、美しく笑う三好の赤い唇や魅惑的な瞳が焼きついて離れなかった。

「来るんじゃ、なかった・・・。これじゃあ、元の商売に戻れないぞ・・・」
男は大きなため息をついた。 













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