「俺からは以上だ。三好」

「起きろ、三好」
隣の神永につつかれて、三好ははっと目を覚ました。

「講義中に寝るとはいい度胸だ」
光のない目で、結城は三好を見つめた。

「・・・すみません・・・」
三好は立ち上がり、言葉に窮した。

まただ、と思った。ゆうべからの記憶が消えている。
ここのところよく起こる、記憶障害だ。
そして、体に残る違和感・・・。
全力疾走した後のような気だるい疲労感が、残っている。

何者かが自分の身体に細工をしているのじゃないか・・・?
そんな疑問さえも浮かぶくらいだ。

「・・・あとで私の部屋へ来い」
結城は言った。


「居眠りはまずいだろう。夕べは徹夜か?」
と神永が尋ねた。
「・・・いや、覚えていないんだ・・・」
「覚えていない?冗談だろう?」
神永が不審がるのも無理はない。

スパイに必要な能力のひとつに、記憶力がある。
図面をさっとみただけで、暗記したり、一瞬で人間の顔を覚えたり・・・複雑な暗号を記憶したり、一般人以上に重要な能力だ。
それが損なわれては、任務に支障をきたす。
「冗談だよ・・・」
三好は言って、自分の額を触った。

微熱・・・。ほんの少しだけ、いつもよりも高い。

もしかして、まずい病気なのだろうか?
時々起こる記憶障害と、そのあとの身体のだるさ、腰の痛み、そして微熱・・・。
そんな症状の病気が、あるのだろうか・・・?

「なんだよ、熱でもあるのか?顔も赤いな」
神永が声を上げた。
そうして、自分の手の甲で三好の頬を触った。
「やめろ」
三好は反射的にその手を振り払った。
「なんだよ。確かめようとしただけだろ」
「あ・・・あぁ・・・ごめん」

今、なにかの記憶がフラッシュバックしそうで、三好は目を閉じた。
だが、思い出せない。
「畜生・・・」
握り締めた拳に、鋭い爪が食い込んだ。









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