「おはよう、波多野」
「おう、おはよ」

田崎が波多野を見つけて近づいた。
「今仕事で調べたい人間がいるんだけど、なかなか大変でね。手伝ってくれないか?」
「ああ、別にいいけ・・・」
「盗聴してほし・・・」
「断る!」
波多野は田崎の言葉を遮るように突然叫ぶと、驚く田崎を置いて逃げ出すように去っていった。
「・・・なにあれ?」
近くの食堂で話を聞いていた実井が田崎に言った。
「ごめんね田崎。今波多野は盗聴恐怖症なんだよね」
「え?どうして?」
「ちょっと・・・ね」
にこっと笑う実井はどことなく楽しそうだ。
「まぁ、いいんだけど、恐怖症なんてスパイとして困るんじゃないかな?」
「うん、そうだね。まぁ、一時的なものだと思うよ」
そういうと、実井は足取り軽やかに波多野の走った方へと消えていった。


小首をかしげて食堂へ入ると、甘利が肩を震わせて笑っていた。
「なんなの?」
田崎が怪訝な顔で聞くと、甘利はこらえ切れないように話し出した。
「いや、秋元に聞いたんだけどな!」


切羽詰って実井に失言を発した波多野は、その後激しく実井に抱かれた。
波多野は知らなかったが、それは盗聴器で瀬尾にしっかりと録音されていて・・・。
ただでさえ恥ずかしすぎるところに、あれからずっとからかわれ続けているのだ。完全に弱みを握られてしまった。
そのショックで、波多野は大好きだった盗聴の言葉を聞くだけでも全身が真っ赤に染まって逃げ出してしまう。
完全に、盗聴中毒から抜け出した。
しかし・・・。

「スパイなんだから、盗聴恐怖症より盗聴中毒のほうがましだったな」
甘利は面白くてたまらない、と言って椅子にもたれた。

「お気の毒・・・」
田崎はぽつりと呟いた。


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