廊下で瀬尾にばったり会った。
「あ、波多野さん・・・」
「どうした?元気ねぇな」

ひょろっとした身体は背中を丸めていると目立つ。
いつもの、鬱陶しいほどのテンションはどこへ行ったのか。
「いや〜・・・大した事じゃあないんですけど、・・・」
「あ、そうか。じゃ」
大したことじゃないならいい。俺が瀬尾の横を通り過ぎようとすると、
「ま、待ってくださいよ!」
と腰にタックルされた。
「ちょ、やめろよ!」
「聞いてくださいよ〜」
「だったらさっさと言えよ!」
「すみません〜」
なんだこの茶番は・・・。俺は廊下の壁にもたれると、
「で?」
と話を促した。

「実は、昨日の雨で僕の部屋、雨漏りしてしまって」
「ひどいのか?」
確かに昨日は酷い雨だった。この建物もところどころ天井に紙魚があるし、雨漏りくらいはするだろう。
だが、瀬尾の部屋はそれどころではなかったらしい。
部屋は住めるが、部屋の奥に設置していた様々な機械に雨があたり、大部分がショートしてしまったそうなのだ。瀬尾にとって機械は子供のようなものだ。さぞかし辛かっただろう。
「まぁ、また新しい奴を開発できると思うしかないな」
「そりゃ、そうなんですけど・・・」
「なに?」
「大事に撮りためた録音テープ、当分聞けないと思うと辛くて、毎朝毎晩聞いていたのに・・・」
「なんの録音かは言わないでくれ。てか、それで落ち込んでいたのか?」
「落ち着かないんです。聞いていないと、イライラして、苦しくて、叫びだして壊したくなるんです」
「重症だな」
「だから、修理も進まなくて・・・」

「情けねーな。そんなことじゃ、ここでやっていけないぞ?」
「そんなこと言ったって、波多野さんだって、大好きな盗聴ができなくなったら、きっと禁断症状でますよ〜」
まさか、そんなわけあるか。
俺はムッとして言った。
「ない、そんなことは絶対ない」
それでも瀬尾はしつこく言ってくるから、しばらく俺の盗聴器と再生器機を貸してやることにした。
「大事に使えよ!」

瀬尾はいたく感動していたが、やっぱり去り際に、
「禁断症状、甘く見ないほうがいいですよ〜」
と、余計なことを言っていった。

結城さんからはいつも「何事にも囚われるな」って言われているんだ。D機関員なのに、たかが盗聴できないくらいで我慢できなくなるわけないだろ。バカにするなよ!

このとき、俺はそう考えていた。



































inserted by FC2 system