ギッ、ギッ、ギッ、ギッ、ギッ、
歩くたびに廊下が軋む。

小さく古いその日本家屋は、東京郊外にあって、わずかな下働きのものがいる程度の静かな建屋だった。
「こちらです・・・」
案内された薄暗い部屋。
会釈をして障子に手をかけた。
もうあまり力の入らない手を震わせて障子を開く。

「来たか・・・」
「ええ・・・」
もう涙が出る機能は衰えて、涙腺も干上がったと思っていたのに・・・。
頬を伝う涙が畳みにポタポタと音を立てて堕ちた。

「貴様は、幾つになっても、あの頃のままだな」

「・・・っ!こんな老人に向かって何を言っているんですか」
家主の声は掠れていた。
そのあまりの弱弱しさに、三好は寝床の傍らに膝まづくと、結城の枯れ枝のような手をとった。
「良かった・・・。また、会えた・・・」


「貴様のことは、ずっと何処で何をしているか知っていた」
「私も・・・知ってましたよ」

「金で雇った奴らじゃ・・・貴様にはかなわんな」
「当たり前です。貴方に必要なのは私だけです」
「全くだな・・・。本当に、どれだけこの日を待ちわびたか分からない」
「老いた姿を見られたくなかったからって・・・、長すぎです。ふっ、そんなに繊細でもないでしょう?」
涙に濡れた目をあげて、結城に笑いかけると、真っ直ぐに見つめる結城と目が合った。
「長かったですが、あっという間でした。毎日貴方のことを考えていられましたから・・・」
「そうだ。悪くない時間だった・・・」


血のつながりを捨てて一人きりだった少年を見つけ、三好と仮の名を与えてから、今、天寿を全うしようとするときまで、見続けてきた瞳はもうすぐ閉じてしまう。
彼は何でも見抜いていた。
三好の身体に巣食う病巣も、寿命も、そして自身の余命までもーーー。


「結城さん、今度こそ連れて行ってくれますか」
「もとより、そのつもりだ・・・」


もう、今では遠い記憶だが、ある日三好が結城に向かってただひとつ、真剣な願いを口にした。

「結城さん、貴方の命が尽きる時には、僕を殺してください」
「馬鹿か、貴様」

「馬鹿でもいいんです。貴方がいない世界に生きていても仕方ない」
「駄目だ。無論自害もならん」
「気が狂っても、ですか?」
「・・・そうだ」

それ以来、三好は結城が体調を崩すことを極度に恐れた。結城の老いに一つ一つ気づいていくたびに、自らの身体を痛めつけるように眠らなくなり、食欲も失くして行った。老いを逃れることはできない・・・。
それなら、三好から離れるしかない・・・。
自らの身体がどの程度悲鳴をあげようと、三好の天寿を全うするまでは、生き延びるのだ・・・。


いつの間にか東の空が明るくなっていた。
周囲の山から下りてくる霧が建屋を包んで、鳥のさえずりが聴こえてくる。
結城の手を握る三好の手は、朝の陽に当たっても暖かくはならず、枯れ枝のような結城の身体も、布団の中にあっても、氷のように冷たかった。


三好が魔王に囚われたのか。
魔王が三好に囚われたのか。

真っ黒な孤独が、三好を怖れさせる事はもうない・・・。


































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