テラスでにこやかに話す年老いた男と女。女のほうは車椅子だが、白髪を後ろでひとつにまとめ、ゆったりとして落ち着いた深い碧のワンピースを上品に着こなしている。
先日米寿の祝いで孫から貰ったのだと、拙い絵を大切そうに男に見せた。
男は目元を緩めて微笑ましく絵を眺めては、女の孫の才能をたたえた。
そして、遠くに見える水平線を眺めて時折目を閉じた。
遙か昔に天に還っていった、純粋だった女性の幸せを祈っているようだった。

「それで、その正村という女はどうしたんです?」
テラスにいる小田切と老女を眺めながら話を聞いている福本は、視線を甘利たちへと戻すと続きを催促した。
このデイサービス施設のスタッフだった正村は、度々入居者の部屋へ入っては金品を盗んでいた。それだけならたいした金額ではなかったが、施設の経費まで横領していたことがわかったのだ。
「ご丁寧なことでね、持ち歩いていたメモリーカードに悪行の数々が詳細に記されていたよ。ああいう輩は自意識過剰だな。そんなことだから、簡単に正体が露呈するんだ」
「私がメモリーカードを届けておきましたよ」
「誰に?警察に?あの子が困らないか?」
「その、あの子に届けたんですよ」

福本と甘利と田崎がそう話をしている談話室へ、慌てて男が入ってきた。
「はぁ、はぁ、皆さん、大変申し訳ないことをしました」
カードを確認してすぐにやってきたのだろう。福本が気遣って近寄った。
「哲雄君、君ももういい歳なんですから、そんなに急いだら危ないですよ」
「で、ですが、私どものスタッフのせいで、皆さんに大変なご迷惑を!」

「あぁ、そんなこと、気にしないでも大丈夫ですよ。それより、きちんと貴方から警察へ突き出さなくては、他の入居者の信用を失いかねません。できますか?」
「はい!もちろんです!本当にご心配をおかけして!」
「いいでしょう。ひと段落したら、久しぶりに私と将棋でもしませんか?」
「あ、ありがとうございます!福本さん!それでは、皆さんまた改めてご報告とお詫びに参ります!」


哲雄と呼ばれた男性は、もう60近いが本来童顔のようで、見た目には壮年と言えるような若々しさがある。福本を尊敬しているようで、将棋に誘われた瞬間、少年のように目を輝かせた。

彼が去った後、苦笑しながら田崎が呟いた。
「全く、そっくりですね。哲二君に」
「本当に。時々彼ではないかと思うほどだな」
「哲雄君のような頼もしい息子を残すことができるんだ。哲二君は全く、優秀な男だったな」
「本当に」
革靴を胸に抱いて頬を染めていたあの少年はもう、この世にはいない。
馬鹿正直といえるほどに、働いて、働いて、このドルフィンクラブの施設長に息子がなったのを見届けた後、もう、遣り残したことはなくなったと言わんばかりにある朝亡くなった。

まだ若かった彼が亡くなったのに、いつ死んでも悔いはないと思っていた俺たちが生き延びている。
まるで魔王の呪いのように・・・。























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