「神永を見かけなかったか?」

波多野が不機嫌そうに実井に声を掛けた。
「知りません、と言いたいとこですが、今、スタッフルームに遊びに行ってますよ」
「またか!さっきのゲームの支払いがまだなんだ」
「あんまり大きな声で言わないでくださいよ。こっそりコイン以外を動かしていることが知れてしまいます」
「誰もいないさ。それにテーブルの下で年金をやりとりしているなんて。誰も思いもしないさ」

波多野は目を細めて笑った。目尻に深く刻まれている皺は、彼が歩んできた人生がいかに面白いものだったかを物語るようだ。
「ふ、いつからそんなに楽しそうに笑うようになったんでしょうね」
実井はそんな波多野を感慨深く見つめた。
「貴様もな・・・」



「貴様が待っているのはこれだろう?」
神永がいつの間にか戻ってきていた。分厚い茶封筒を波多野に放り投げて小さく舌打ちをした。
「次は負けんぞ」
「いつでも言ってくれ」

波多野はどかっと椅子に座ると、ジャケットの内ポケットに封筒をしまった。
そのやりとりをため息をつきながら眺めたあと、実井は神永に向き直った。
「それで?どうでした?」
「ああ、あのスタッフの女、正村っていうんだが、ここに来てまだ半年しか経っていないんだが、経験者だからと信任があるようだな。しかし、前職の情報が薄い。ありゃあ前にもやってるな。ロッカーの鍵を手に入れたから、今、甘利が探ってるよ。田崎は正村を連れて中庭に散歩だ」
「なんだ?なんか面白そうだな」
神永の説明に波多野が身を乗り出した。
実井はにやりと笑うと波多野の肩に手を置いて立ち上がった。

「残念だが、もう出来ることはなさそうだよ」








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