車椅子を押していた腕を、通りがかりに掴まれた。
「なんだ?」
田崎が肩越しに振り向いて小さく尋ねると、甘利が杖をつきながら、微かに視線を通路の奥の扉へと向けた。
そこは別の入居者の部屋の扉だが、わずかに開いていて、物音が聞こえた。
ここに入っている女性は、今は一階にリハビリに行っている。
掃除の時間でもないのに、スタッフが出入りすることは少しおかしい。
だが・・・。
田崎は車椅子を談話室に進める。
部屋から充分に離れたところで甘利に話しかけた。
「何か証拠でもあったのか?」
「まあなぁ。確かではないが・・・」
「あまり、首を突っ込まないほうがいいんじゃないか?」
「ん、そうはいっても、彼女は、ほら」
「あぁ、小田切の・・・」
「似てるだけだが、彼女に何かあったら奴の機嫌が悪くなるぞ」
「はっ。そういうことなら、小田切か福本に言ったら?」
「残念だな。ふたりとも外出中だ」
「・・・仕方ない・・・」

談話室から伺うと、女性の部屋からスタッフの女が出てきた。
手元にはシーツを丸めて持っているが、キョロキョロと辺りを伺って隠すようにしている。
「わかりやすいな」
田崎が呟くと、後ろから実井が返事をした。
「ふ、わかりやすいでしょう?」
「実井・・・」
ロッキングチェアに座って本を読んでいた実井が、静かに本を閉じてこちらを見た。
「以前から、何回かやってますよ。私の部屋にも入ってます。まぁ、大事なものは隠していますから何も盗られませんでしたけど。他の部屋でも気づかれないような少額のもののようですね」
「見張ってたのか」
「甘利さんが気づくよりずっと前からね。折角だからもっと大きいものに手を出したら捕まえてやろうと思って泳がせていたんですよ」
「相変わらずだな」
「なにがです?」
「ははっ。まぁ、それでもいいんだが、あの女性の持ち物に手を出したのなら少し急ぎたいね」
田崎がそう苦笑すると、甘利は少し考えて、
「そうだな、どうするかな・・・」
と呟いた。

部屋を見渡すと、神永と目が合った。
神永はもたれていた車椅子を動かして、
「まぁ、任せておけ」
といって部屋を出て行った。
「さすが神永さんですね」
「スタッフにいつも囲まれているからね」
「話し好きなのは才能かな」
「仕事じゃないのに・・・」

人と話をするのは苦手じゃないが趣味ではない。
神永もそうだったはずなのに、いつの間に人好きになったのか・・・。
誰の影響を受けたのか・・・。

























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