「あれぇ?真島さんだ・・・」

振り向くと、カウンターの向こうに三好がいた。
ワイングラスを磨きながら、
「よぉ・・・久しぶりだな・・・」
俺はのそのそと答える。

三好に惚れていたのは、もう昔の話だ。
俺が待っていたのは、三好じゃない。

「この店で働いているなんて、知らなかったなー。皆びっくりするぞ」
神永と出会ったこの店のマスターが、もう店を辞めると聞いて、日本に戻った俺は、この店を引き継いだ。
寂れた、けちな店だが、不思議と贔屓の客もいて、贅沢はできないが、売り上げはそこそこ。ひとりでやっていれば、気ままさも許される。
酒と、ちょっとした手料理。俺はイギリスで学んだフランス料理をアレンジしたポークソテーなどを出している。
「ああ、皆に宣伝しておいてくれ」
「見返りは?」
三好は掌を差し出した。
「客を連れてきてくれたら考えてもいい」
俺は真面目に答えた。

神永の消息が聞きたくてうずうずしたが、変に勘繰られても困る。
「髭を伸ばしたんですね?」
「ああ、まあ」
「なんだか真島さんらしくないけど・・・」
三好は相変わらず色っぽくて、女のように美しい手で前髪をかきあげた。
何事もなかったように話すのが救いだ。
まあ、実際、何事もなかったわけだが・・・。

「そういえば神永が帰ってきてますよ」
俺はぎょっとした。
「ああ、そうか・・・どうして、それを俺に?」
「前、神永が真島さんに会ったとかいってたことがあって。友達なんですか?」
「いや」
三好にどこまで話してるのか。
「ですよね。友達って感じじゃないなぁ・・・」
意味ありげに言い、三好は上目遣いで俺を見た。
「神永は・・・元気なのか」

「元気、なことは元気なんですけど」
三好は曖昧に言った。
「実はマラリアにかかって、入院してるんですよ」



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